「9人の翻訳家 囚われたベストセラー」感想 あなたの心を動かすのは、札束か、原稿か。

「9人の翻訳家 囚われたベストセラー」(2D字幕)

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ある密室で起きた、二転三転、四転五転して畳み掛ける極上のミステリー。

しかしこの映画は、そんな垣根も越えて、作家と翻訳家の関係を浮き彫りにしていく。

札束か、原稿か。同じ”紙”の価値を再認識させられる良作。

「紙とペンで充分よ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

豪邸に監禁だ!

数多ある映画ですが、その中に”空間モノ”ってジャンルがあると思うんです。1つの空間で生活するジャンル。これはミステリーとかでよくあるけど、中には「パッセンジャー」のようなヒューマンドラマでも栄えるジャンルで、その特徴は”空間の面白さ”。空間が限定的であればあるほど、空間にある要素が限られていればいるほどこの面白さは倍増していく。その中でも本作は、豪邸+(監視+外部シャットダウン+娯楽+他人+ミステリー)という、空間的面白さを存分に味わえる設定。特に何をしないでも、この閉鎖的空間に何人かのキャラクターが集まるだけで面白くなるような、魅力ある空間になっている。

そしてそこに集まるキャラクターたちもまた魅力的。自由人みたいな若者、ちょいワル美人のパンク女子、吃音なまじめ中年、人の気持ちを煽ることをよくいうパーマ女、俯瞰視点でヘラヘラ笑ってるおっさん、1番まともそうだけどすぐキレる中年、美人だけど死人のモノマネをしてる女、澄ました顔の中国人、情緒不安定主婦…。この、バラバラにもほどがある9人で、それこそ今回翻訳する「デダリュス」という作品に対する好き嫌いもバラバラな彼らだけど、共通して”翻訳家”であることが彼らに統一感を与えていて、バラバラなのに彼らの会話はいちいち面白い。前半は、設定からなる空間的面白さと魅力的なキャラクターでぐいぐい話が進んでいく。

 

 

 

 

謎解きは刑務所で

そんな空間とは時間も場所も異なる刑務所で、ある人物の激白から物語は一変する。ここからはどうやって「デダリュス」を流出させたのかという種明かしになっていくんだけど、それは空間的だった舞台を逆手に取ったどんでん返し展開に。まるでアガサクリスティーオリエント急行殺人事件を彷彿とさせるような、事件の概念自体が覆ってしまうどんでん返しが繰り返されていくんだけど、さらに衝撃的事実が発覚したことで、このトリック自体がミスリードだったことがわかっていく。

この映画は、オリエント急行殺人事件」のその先をこそ描きたい作品だったことが、ここから明らかになっていく。1人の首謀者が、自分の目的のために「オリエント急行」を作り出し、そこであらかじめセッティングされたシナリオ通りの事件が起こっていく。名作のオチを知っているからこそ引っかかるミスリードを上手く使うことで生まれる、見事なミステリーでした。

 

 

 

 

作家と翻訳家

この映画は、作家が作品を”商品”として扱う出版社に復讐するお話。

作家が生み出した作品を、どうやったら金儲けに使えるかだけを考えて、質を削いでも話題性や売れ行き優先で売っていく。もちろん、作品が売れなければ作家も作品も無くなってしまう。だけど、いやだからこそ、作家が作り出した”作品”を出版社は売らないといけないんじゃないだろうか。

先人が作り上げた文学という文化を、金にしか変換できない出版社。そしてそんな彼らから金を貰うしかなかった作家。両者の関係は、そんな主従関係のような間柄。だけどもし、金も名声も要らない、文学だけが欲しい作家がいたなら。そして、その作品が大ヒットして出版社より立場が上だったら。

この映画は、作家と出版社という関係が反転することで生まれる、作家vs出版社の快感でもっていく。

 

しかし一方で、本作は翻訳家と作家の対決でもある。自分のニュアンスを世界に広めてくれる存在こそ翻訳家なのに、それを批評的に見て、上からモノを言う作家。作家と翻訳家は、作る側の作家とそれを伝える翻訳家という主従関係ができている。そんな中で、作家なのに翻訳家として紛れ込んでいたある人物が、十人十色な翻訳家たちの思いを知ることで、言葉を”代える”そして”変える”ことの重要さに気づいていく。特に中盤、言語を代えることで危機的状況を脱しようとする翻訳家たちのシーンは、翻訳家ならではの才能を使った超気持ちいいシーンになっていて、まさに”翻訳家舐めんな!”と言っているようなシーンなんですよね。

作家vs出版社でありながら、翻訳家vs作家でもある本作は、”監禁して翻訳させた。”という事実から着想を得て、まるで透明人間のように虐げられてきた翻訳家たちによる復讐劇になっている。

 

 

 

 

ミニコーナー”映画といきもの”--人間とストレス--

正直、2回目にして生き物を扱うというコンセプトがかなり不向きな作品で戸惑いましたが、劇中で嫌がらせのように行われる監禁、そして暗転、温度などのストレスについて話したいと思います。

まず暗転。部屋が暗くなる、というだけで人間は極度のストレスを感じてしまうんですよね。それは当然、視覚という情報が無くなってしまうから。大学生数名が暗い部屋に入れられると、喋る回数が多くなり、さらに他人でもお互いに協力することが多くなったそうで、暗い状況は、不安と孤独を掻き立てる一方で、他人との協力を円滑にする場にもなるらしいです。

次に温度。温度は上昇すればするほど心拍数があがってしまいます。この心拍数の上昇は、皮膚血管の拡張などを引き起こして極度のストレス状態、疲弊状態を引き起こす。このストレス状態は、精神的な極度ストレスと同じぐらい感じるといわれているので、暗所と組み合わせることで精神的、体調的ストレスを引き起こさせることが出来る。さらに若者は温度変化に早く、高齢者は遅く反応するそう。

そして最後に、この豪邸の監禁部屋にはほとんど植物が無かったんですよね。植物は、視覚的なストレスの軽減、さらに粘膜の乾燥や声のかすれなど健康面でのプラスの作用も確認されています。それはすなわち、植物がない空間ではその恩恵さえ受けられないという事。

このように、監禁状態は様々な人間的反応を引き起こします。本作も、こういうストレス応答を知っていると、よりキャラクターに対して感情移入しながら観れるかも?

 

 

 

 

 

最後に

ミステリーという垣根を越えて、この映画は作家から翻訳家まで、文学を愛する人に届く最高の”作品”でした。是非映画館で、とびきりのミステリーを体験して、驚いてください!!