物語的映画レビュー 第1話「愛してる。」(劇場版ヴァイオレットエヴァーガーデン)
「劇場版 ヴァイオレットエヴァーガーデン」
今時珍しい、木造のスライド式の扉が勢いよく開いた。
「遂に劇場版だよ!」
頭頂部に明らかに大きな寝癖がある(これが所謂アホ毛なのか)女の子の大声が部室に響き渡る。またかよ、とうんざりしたような僕の眼差しに一切気づかず、彼女はいそいそと、ボロボロになった茶色のスクールバッグから便箋を取り出す。ジャラジャラとキーホルダーのうるさい筆箱からシャープペンシルを取り出し、便箋に手紙を描き始めた。
「何してんの?」
つい僕は問いただしてハッとした。しまった。こりゃ長くなるぞ。
「ヴァイオレットエヴァーガーデンの劇場版見てきたの!そしたら手紙が描きたくなっちゃって。あ、ヴァイオレットエヴァーガーデンってのはね……。」
彼女は想像通り、目を輝かせて物凄い早口で話し始める。こっちに紹介しようとしているように見せかけて、彼女はいつも自分の知識を口に出したいだけなんだ。
ここは適当に聞き流そうと思った僕の耳が、ピンと立った。
「でね、ヴァイオレットちゃんは大切な人から受けた「愛してる。」の意味がわからないのよ!」
彼女の口から「愛してる。」なんて言葉が飛び出したことに、僕は異常にびっくりしてしまった。これまで彼女にボーイフレンドがいるなんて話も、それに関連する話も聞いたことなかったからだ。
「ヴァイオレットエヴァーガーデンは人の名前なん?」
「そう言ってるじゃん。聞いてなかったの?ヴァイオレットちゃんはドールっていう、手紙を書く代行業みたいな仕事をしているんだけど、手紙を通して色んな気持ちを知っていくヴァイオレットちゃんに毎回泣いちゃうんだよ。」
彼女の拙い語彙力からも、なんだか興味を惹かれている気がしてくる。
彼女は手紙を書きながら、この魅力的なアニメについてずっと語っている。それはもう、そこはネタバレなんじゃない?と思うことも。チラッと彼女の手元を見ると、手紙を手で隠しながら書いている。じゃあなんでここで書くのだろうか、と気になって首を少し動かして見ると、僕の目にはある文字が飛び込んできた。
『愛してるよ!』
脳が混乱し、血がどよめく。これまで意識していなかった世界が広がり始めた気がしてくる。
「ち、ちょっと見てみようかな。」
「え!?ほんとに!?今、ネトフリに全話あるよ!ちゃんとこれ見てから映画館行ってね!外伝も面白いから絶対ね!!」
〜数日後〜
「見た!?見た!?」
木造の扉が開いた途端、彼女が部室の声がまた響き渡った。
「ちゃんとアニメシリーズも見てから映画見てきたよ。特に10話が面白かったし、外伝もそれを劇場用に再編集してて面白かったなぁ。正直、アニメシリーズは中盤の1話完結が面白かったからアニメ終盤と同じトーンの劇場版はちょっと反則な感じはしたけど、集大成としてヴァイオレットが『愛してる。』の意味にたどり着くのには泣いちゃった。」
「そう!やっぱり『愛してる。』をテーマにした劇場版は集大成なんだよね!私も気持ちを伝えたくなっちゃったもん!はい!」
そう言うと彼女は、可愛らしい手紙を僕に手渡し、両手を後ろに組んでこっちを見ている。
ああ、遂にこの瞬間だ。心臓が張り裂けそうになりながら、それでも彼女に悟られないように返事を試みる。
「おう…。」
自分のあまりに素っ頓狂な発言に悶々しつつも、手紙を開ける。
『君とは子供の頃からずっと一緒だけど、初めて手紙を書き出したら、実は君にはずっと言いたかったのかもしれないと思ってきちゃった!
君に伝えたいピッタリな言葉がヴァイオレットエヴァーガーデンに出てきたから引用しちゃうね。子供の頃からずっと、愛してるよ!』
短い文章に、僕の青春がすべて詰まっていた。実は自分も、ずっとずっと彼女のことが好きで好きで、愛していたんだのだろうか。
と、続けざまに彼女は言う。
「ヴァイオレットちゃん、ちっちゃい頃から育ててくれた少佐から『愛してる。』って言ってもらえてほんとによかったよね。私も君だけじゃなくてお父さんにもお母さんにも言っちゃった!」
「ん?お父さんお母さんにも?」
僕は嫌な予感がした。
ああ、少佐の『愛してる。』も、そう言う意味だったのかな…。
僕は、我慢しようとも落胆した表情を浮かべてしまう。
「さて、帰りはコンビニでアイス食べよ!」
組んでいた両手を離して、彼女はスクールバックに持ち物を入れて帰る準備を始める。せわしなく動く彼女の手が、少しだけ赤くなっていた気がした。