「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」感想!!”試験”という戦場で、彼らは”カンニング”という戦術を選んだ…

「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」
(2D字幕)
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中間テスト、学期末テスト、そして学力試験。そんな学生に立ちふさがる難題たちを解決する方法こそが”カンニング”。
カンニングに命をかけた、天才たちの壮絶なスパイアクション!!!



ドキドキ、そしてハラハラ
この映画、まさに学園版Mi(ミッションインポッシブル)、またはグランドイリュージョン(特に2のあのトランプ回しのシーン)系の映画。それも、ドキドキするところはスローにしたり、音楽を切迫したものにしたり、SEを絶妙に使ったりとかなり古典的な緊張のさせ方なんです。
けど、これが面白い!
カンニングって、見るほうも命がけですけど、見せるほうも命がけなんですよね。当然ですが。Miやグランドイリュージョン、ワイルドスピードなんかとは違い、誰もが経験したことがあるドキドキなシーンを、誰もがわかりやすい演出で彩ることで、誰もが素直にドキドキハラハラでき、Miにはない、共感が上乗せされた緊張感を味わえる。だからこの映画は、”面白い”。





”試験”、それは戦場
学生にとって(私も大学生ですがw)試験は生き死にを左右する、まさに戦場なんです。この映画は決して、「カンニングなんて些細なことを大仰に派手にしちゃう映画」ではなく、学生にとっての戦場を描いた、いうなれば戦争映画なんです!
戦場(試験)にどんな武器(知識、方策)を持っていくかは人それぞれ。周到に準備する者もいれば、元来最強の武器を持っている者も、そして武器を持ちきれない者もいる。そんな、人によって大小があるにもかかわらず、試験は平等に訪れる。
この映画がなぜ面白いのか。それは、誰にでも経験のあること、そして段々忘れてしまうことを”思い出させてくれる”から。試験に戦々恐々としていたあの頃を。






持たざる者、そして持つ者の成長談
本編で、パットとグレースは持たざる者。もう、彼らにとって試験はまさに必死なんです。どんなにもがいても、どんなに努力しても越えられない(と思ってしまっている)。だから簡単に、持つ者を頼る。
けどそこにはどうしても、友情ではない、利益不利益の関係が生まれてしまうし、もちろんカンニングなんて諸刃の剣で、その場しのぎでしかない。彼らは、貧富の差においては持つ者だし、劇中でも最後には高得点を獲得する。しかし、彼らの手元に残ったのは、お金と自分の度量を超えてしまった留学先だけ。
彼らは最後まで、友情、学力、そして進路さえ”持たざる”者のままでした。

一方でリンとバンクは持つ者。勉強の才能が有り、彼らはたちまち人に頼られ、自分の能力を行使することを覚えていく。もちろん、自分の才能をめいいっぱい利用するのは大切なことだが、才能は使い方を間違えると、自らを滅ぼしかねないんですよね。
それにやっと気づくリンと、見失ってしまったバンク。
貧富の差という壁が、バンクを狂わす一方でリンは成長し、才能の使い方を知る”持つ者”へと成長するんです!!そして、最後には、それを見失ったバンクに”教えてあげる”んです。才能を使って。

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正直気になるところ
まぁ、これは誰もが思うところかもしれませんが、この映画はドキドキ演出がちょっとやりすぎなんですよね。「いやいや、もうこれは怪しすぎでしょ」となるような、トンデモ行動を平気でやってのけるし、それは劇中ではセーフ扱いなんですよね。それに、タイムリミットにもう間に合わないいい!!を通り越して、ちょっと過ぎちゃうような展開はよくこういう映画であるドキドキ演出ですが、本作ではそれがちょっと行き過ぎてて、「いやこれはもう流石に手遅れでしょ」と冷めてしまう気も。
でも、ここら辺は人によって許容範囲が違うのかもしれません。





誰もが楽しめる、傑作ドキドキものだと思うし、どんどん上映館も増えているので、是非映画館へ!!