「ミッドナイト・ファミリー」感想  人の命を救う事の対価を問う、劇的なドキュメンタリー。

「ミッドナイト・ファミリー」

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あらすじ

人口900万人に対して救急車が45台しかないメキシコシティ。そこで民間の闇救急車を生業とするひとつの家族に迫る。様々な理由で彼らの救急車に乗り込む人々、そしてそれを目の当たりにするオチョア家の姿は、メキシコという街の”現実”を明らかにしていく。

予告→

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人の命を救いお金をもらうことを問う圧倒的な映画作品。この映画は、ドキュメンタリーというジャンルを変えてしまうほどパワフルでスリリングなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

劇的なドキュメンタリー

ドキュメンタリーと聞くと、とっつきにくい印象を持つ方も多いと思うんです。ナレーションやインタビューを繋ぐとリアリティさは向上する一方で、どうしても話の筋が見えづらく映画として楽しみずらかったりもしてしまう。しかし本作は、そんなドキュメンタリーの弱点を完全に克服し、ひとつの家族を劇的な物語として記録しているんです。ナレーションやインタビュー、テロップなど俯瞰的な演出を極力削ぎ、彼ら家族の会話や表情を繋ぎ合わせることで驚くほど映画的緊張感のあるドキュメンタリーになっているんです。だからドキュメンタリーが苦手な方でもとっつきやすい映画になっています。

 

 

 

メキシコシティ

この映画はオチョア家を中心として様々な要素を抽出し、サイレンの鳴り止まないメキシコの街を切り取っていくんですよね。メキシコシティは人口900万人に対して公的な救急車が45台しかないという異常な街。この数字は人口当たりの救急車保有数が東京都の4分の1にしか満たないという計算になるそうです。そんなメキシコの街で民間の闇救急車として働くのがこのオチョア家。彼らのような民間の救急車がなければ救急搬送が追いつかないメキシコですが、彼らも慈善活動をしているわけではありません。もちろん搬送すればお金をいただくし、そのために彼らは救急車を走らせている。そんな闇救急車である彼らに対して警察が賄賂を要求したりと、メキシコの街は犯罪で経済が回っているんです。誰かが傷つけば救急搬送が要請され、闇救急車が潤えば警察も賄賂を要求しやすくなる。誰かが傷つかなければ、この利益を生むサイクルは回らないです。

 

 

 

 

命を救う対価とは

衣食住はもちろん、人は生きるためにお金を排出するわけで、もちろん健康もそれに含まれる。誰かを救いたい、という慈善の心だけでは人は救えない。金になるから、救われる命ができるんです。この映画の中で長男が「病気になるから医者がいる。誰かが死ぬから葬儀屋がいる。それで仕事が生まれる。真理だろ。」と言う。彼はこの仕事で目の当たりにしたことを彼女(?)にずっと電話で報告しているんですよね。「今日こんなことがあった。」とか「骨が飛び出てたんだ!」とか。テンション高く喋るその姿は、アルバイトを始めた時に変な客が来た時と同じなんです。彼にとって救急車とは仕事であり、人を救う活動ではない。しかしこの仕事が難しいのは、利用者は選択の余地がない部分。怪我をすれば金持ちだって貧乏人だって搬送される。そのあと金を払えと言われても、持っていないと言われてしまえばそれ以上要求することは出来ない。このジレンマこそが、人を救う=金儲けという一辺倒にならない、まるで常に揺れ動くシーソーのような感覚を観客に促してくる。金をもらうため、でも誰かのためになることに誇りを持っている。このアンバランスさこそが仕事をすると言うことなのかもしれません。

 

 

 

それでも彼らは生きていく。

そんなオチョア家の救急車には、彼氏に殴られた女の子もいれば、ラリって赤ちゃんを意識不明にしちゃった奴まで様々な人が乗り込んでくる。でもそんな彼らを僕ら観客は、オチョア家と同じく”断片的に”しか見ることができないんですよね。どんな家庭事情で、どう言う経緯でこんなことになってしまったのかは、彼らの表情や発言を元に構築していくしかない。そして最後に乗り込んでくる母親は、人生で想像もしたくないような表情を見せるんです。彼女の放つ最後の言葉は、彼らが”人の命を扱う仕事”をしているんだと言うことにハッとさせられる。そんな夜が過ぎても、メキシコシティではサイレンは鳴り止まないし、オチョア家もいつも通り普通の生活を送る。それは言葉にはできない、圧倒的な”現実”が脳裏に焼きつくラスト。これを見た後では、”現実”が続く自分たちの感覚にさえ劇的な何かを感じてしまうはず。

 

 

 

 

最後に

早くも今年ベスト級の良質なドキュメンタリー作品に出会うことができました。このような機会をくださったMadeGood.Film様、誠にありがとうございました。