「KCIA 南山の部長たち」感想 彼が殺したのは大統領なのか、それともただの上司なのか。

KCIA 南山の部長たち」

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あらすじ

1979年10月26日、パク大統領が暗殺された。

かつて韓国の南山には、韓国中央情報部(KCIA)が存在した。突如起きたこの暗殺事件の犯人は、巨大な権力が集中する組織KCIAを束ねるキム・ギュピョン部長だった。事件の発端は、40日前にKCIA元部長がアメリカ合衆下院議会聴聞会にて、韓国国内における大統領の腐敗について告発したことから始まっていた…。

予告→

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大統領暗殺事件

この映画のモデルとなったのが、1979年に起き朴正煕暗殺事件。この主犯格が本作でイ・ビョンホンが演じてた大韓民国中央情報部部長キム・ギュピョン。この映画は事実を元にしたフィクションとは言っていますが、明確に実在の組織や事件が扱われることもありその本質はやは朴正煕暗殺事件の映画化なんですよね。数十年前に実際に起きた大統領暗殺事件を映画化する韓国映画業界のチャレンジングな姿勢には本当に感心してしまいます。日本では2019年に公開した「国家が破産する日」と同様に、自国の闇の歴史、それも現代にもその事件について賛否が別れている案件を映画化するのって日本ではまだまだ出来ないグレーな部分であるし、しかしそのグレーに突き進む姿勢こそが映画という巨大な娯楽コンテンンツを押し広げて来た由縁だとも思うんです。今の日本映画に足りない姿勢を見せられたような気がする作品でした。

 

 

 

ヤクザ映画

そんな国家を揺るがす大事件を描いた本作は、驚くほどヤクザ映画的なんですよね。大統領という頭の命令に従わざるおえない主人公キム部長とクァク室長という若頭がぶつかり合う様相は、明らかにヤクザ映画、マフィア映画を意識した作りになっているんです。仮にも国家というパブリックな組織を描く上で、裏切りや跡目争いと言ったノワールな展開を盛り込むことで政治的な思想ではなく彼らのパーソナルな部分にこそフォーカスを当てている。劇中の「人には人格というものがあり、国家にも”格”というものがある。」というセリフが象徴するように、韓国というファミリーの格を下げてしまいかねない原因である現行の体制に反抗するために、暴力という手段を使ってでも立ち上がらなければならなかった漢の話として、大統領暗殺を描いているんです。

 

 

 

 

サラリーマン映画

この映画が見せるもう1つの描き方が、サラリーマン的な物語。腹の立つ同僚に無責任な上司に囲まれた環境で、意地悪なことをされながらも「仕事だから…」とうだつの上がらない毎日を過ごす会社員のような展開が繰り返され、そこから溢れ出る怒りや憎しみがピークに達した時に訪れる最後の瞬間。前述した国を守るという大きな目的のためではなく、この事件は究極に個人的な復讐劇でもあるというのが本作の描き方で、そこをはっきりさせないんです。ムカつく上司を前に銃を片手に暴れてやりたい…という会社員がきっと毎日しているんじゃないかという妄想を具現化したようなラストの襲撃シーンは、ワンカットで史実通りのミスや手違いが連発することで生じる異常なリアリティと身近に感じられるキュートさを帯びている名シーンで、特に「貴様が死ね。」と言い放つシーンは最高なんです。

 

 

 

 

人間を殺すということ

キム部長は、国のために大統領を殺したのか。それとも個人的な憎しみで上司を殺したのか。本作では、言葉では限りなく国のためとしつつもキム部長が時折見せる表情や間の取り方、吐き捨てるセリフに到るまでどこか憎しみを感じさせてくるんです。大義のためかもしれないし、自分のためかもしれない。そんな曖昧な答えを提示した上でこの映画は史実通り、キム部長に対して「南山へ向かうか、陸軍本部へ向かうか」を問われた時に彼が言う答えとその時見せる表情は、彼が大統領を殺したわけでも、上司を殺したわけでもないと言う事が滲み出ている。彼は1人の”人間”を殺したんです。人を殺すと言う事が何を変えてしまうのかを観客に突きつけるこのエピローグのシーンが持つ深い後味は、鑑賞後もずっと観客の心に残り続けることは間違いなし。

 

 

最後に

国家を揺るがす大事件をイ・ビョンホンの抑えた演技で見せる本作は、韓国の歴史を知らなくても十分に楽しめる作品になっていると思います。ぜひ映画館でこの渋めの傑作を味わってみてください。

 

 

「ミッドナイト・ファミリー」感想  人の命を救う事の対価を問う、劇的なドキュメンタリー。

「ミッドナイト・ファミリー」

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あらすじ

人口900万人に対して救急車が45台しかないメキシコシティ。そこで民間の闇救急車を生業とするひとつの家族に迫る。様々な理由で彼らの救急車に乗り込む人々、そしてそれを目の当たりにするオチョア家の姿は、メキシコという街の”現実”を明らかにしていく。

予告→

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人の命を救いお金をもらうことを問う圧倒的な映画作品。この映画は、ドキュメンタリーというジャンルを変えてしまうほどパワフルでスリリングなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

劇的なドキュメンタリー

ドキュメンタリーと聞くと、とっつきにくい印象を持つ方も多いと思うんです。ナレーションやインタビューを繋ぐとリアリティさは向上する一方で、どうしても話の筋が見えづらく映画として楽しみずらかったりもしてしまう。しかし本作は、そんなドキュメンタリーの弱点を完全に克服し、ひとつの家族を劇的な物語として記録しているんです。ナレーションやインタビュー、テロップなど俯瞰的な演出を極力削ぎ、彼ら家族の会話や表情を繋ぎ合わせることで驚くほど映画的緊張感のあるドキュメンタリーになっているんです。だからドキュメンタリーが苦手な方でもとっつきやすい映画になっています。

 

 

 

メキシコシティ

この映画はオチョア家を中心として様々な要素を抽出し、サイレンの鳴り止まないメキシコの街を切り取っていくんですよね。メキシコシティは人口900万人に対して公的な救急車が45台しかないという異常な街。この数字は人口当たりの救急車保有数が東京都の4分の1にしか満たないという計算になるそうです。そんなメキシコの街で民間の闇救急車として働くのがこのオチョア家。彼らのような民間の救急車がなければ救急搬送が追いつかないメキシコですが、彼らも慈善活動をしているわけではありません。もちろん搬送すればお金をいただくし、そのために彼らは救急車を走らせている。そんな闇救急車である彼らに対して警察が賄賂を要求したりと、メキシコの街は犯罪で経済が回っているんです。誰かが傷つけば救急搬送が要請され、闇救急車が潤えば警察も賄賂を要求しやすくなる。誰かが傷つかなければ、この利益を生むサイクルは回らないです。

 

 

 

 

命を救う対価とは

衣食住はもちろん、人は生きるためにお金を排出するわけで、もちろん健康もそれに含まれる。誰かを救いたい、という慈善の心だけでは人は救えない。金になるから、救われる命ができるんです。この映画の中で長男が「病気になるから医者がいる。誰かが死ぬから葬儀屋がいる。それで仕事が生まれる。真理だろ。」と言う。彼はこの仕事で目の当たりにしたことを彼女(?)にずっと電話で報告しているんですよね。「今日こんなことがあった。」とか「骨が飛び出てたんだ!」とか。テンション高く喋るその姿は、アルバイトを始めた時に変な客が来た時と同じなんです。彼にとって救急車とは仕事であり、人を救う活動ではない。しかしこの仕事が難しいのは、利用者は選択の余地がない部分。怪我をすれば金持ちだって貧乏人だって搬送される。そのあと金を払えと言われても、持っていないと言われてしまえばそれ以上要求することは出来ない。このジレンマこそが、人を救う=金儲けという一辺倒にならない、まるで常に揺れ動くシーソーのような感覚を観客に促してくる。金をもらうため、でも誰かのためになることに誇りを持っている。このアンバランスさこそが仕事をすると言うことなのかもしれません。

 

 

 

それでも彼らは生きていく。

そんなオチョア家の救急車には、彼氏に殴られた女の子もいれば、ラリって赤ちゃんを意識不明にしちゃった奴まで様々な人が乗り込んでくる。でもそんな彼らを僕ら観客は、オチョア家と同じく”断片的に”しか見ることができないんですよね。どんな家庭事情で、どう言う経緯でこんなことになってしまったのかは、彼らの表情や発言を元に構築していくしかない。そして最後に乗り込んでくる母親は、人生で想像もしたくないような表情を見せるんです。彼女の放つ最後の言葉は、彼らが”人の命を扱う仕事”をしているんだと言うことにハッとさせられる。そんな夜が過ぎても、メキシコシティではサイレンは鳴り止まないし、オチョア家もいつも通り普通の生活を送る。それは言葉にはできない、圧倒的な”現実”が脳裏に焼きつくラスト。これを見た後では、”現実”が続く自分たちの感覚にさえ劇的な何かを感じてしまうはず。

 

 

 

 

最後に

早くも今年ベスト級の良質なドキュメンタリー作品に出会うことができました。このような機会をくださったMadeGood.Film様、誠にありがとうございました。

 

【ファルケンなうのドラえもん映画入門講座】ドラえもん映画って、すごーくおもしろいんだ!すごーくゆかいなんだ!(ネタバレなし)

出た!

 

 

皆さん、ドラえもん好きですかー??

2020年はドラえもん50周年記念として「のび太の新恐竜」「STAND BY ME ドラえもん2」と2作も新作が公開し、2021年にも「のび太の小宇宙戦争(リトルスターウォーズ)」のリメイク作の公開が待っており大いに盛り上がっているドラえもん映画。

この記事ではそんな映画ドラえもんに馴染みのない方に向けて、その魅力や鑑賞する上で知っておきたい知識、そしてそれぞれの好みに合わせたオススメドラえもん映画を紹介したいと思います。

この記事を読んで、少しでも映画ドラえもんに興味を持っていただけると幸いです。

 

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映画ドラえもんとは? 

そもそもドラえもん映画とは、コロコロコミックに数話単位で掲載されていた大長編ドラえもんシリーズを原案として制作された映画作品。1980年の1作目「のび太の恐竜」から数えて40作品が公開されており(短編、中編を除く)、藤子F不二雄脚本の1~18作目(例外あり)、F先生没後の19~25作目、そして声優陣が一新されリメイクとオリジナルで構成されている26~40作目に分けることができます。

そんなドラえもん映画の魅力はやはりダイナミックなSF(すこしふじぎ)的ストーリー展開だと思います。ひみつ道具によって繰り広げられる秘密基地や新しい遊び等子供がワクワクするような冒頭から、のび太ドラえもんジャイアンスネ夫、しずかといういつものメンバーが宇宙だったり恐竜時代だったり、時には戦争や滅亡の危機にさえ苛まれるスケールの大きな展開が楽しめるんです。そこにはSF好きで博識なF先生らしい、細かく作り込まれた世界観や最新の学術をストーリーに組み込み問題提起をする構成が溢れており、子供向け作品ではありますがしっかりと論理的で大人も楽しめるのが、映画ドラえもん最大の魅力だと私は思います。もうひとつの魅力は、”他者を思う気持ち”が毎度のテーマであること。映画ドラえもんでは基本的に、ゲストキャラが登場してのび太たちと行動を共にします。そのキャラには女の子だったり動物だったりロボットだったりと多種多様ですが、それぞれに友情や里心、親心と色々な形の思いやりの気持ちが描かれます。子供達にはわかりやすく、そして大人にはまた別の視点で感動できるのがこの要素だと思うんです。

 

 

 

 

 

 

 

ドラえもん映画を見る上で知っておきたいひみつ道具10選

映画ドラえもんでは様々なひみつ道具が登場します。ちなみにですが、もしかするとそんなに色々なひみつ道具を持ったドラえもんならピンチになんてならないじゃないか!と考える人もいるかもしれません。映画では色々な要因でポケットを封印したりもしていますが、基本的にはドラえもんポンコツロボなのでピンチの時にサッと目的のひみつ道具を取り出せないという欠点があります。ピンチの時こそ、ドラえもんは役に立たないのです。さらにドラえもんひみつ道具は基本的にレンタル品なので、常にその道具があるとは限らないんです。「あれ使えよ!」と脳が反応してしまう前に「ああ、あれは今修理中or借りてないのか」と脳内補足をお願いします。。

映画ドラえもんでも、毎度アニメシリーズと同様にドラえもんは道具の説明をしてくれますが、中には登場頻度が高く説明なしに使用する道具もあったりするのです。ここでは、ドラえもんがサッと取り出した道具の意図がなんなのかがわかるように、また映画でよくあるひみつ道具の欠点なんかがわかるように、頻出ひみつ道具たちをサクッと紹介しておきます。

 

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どこでもドア/タイムマシン/タケコプター

一部では三大基本道具とも言われているらしい(?)基本的な道具。歌の歌詞にもなっているほど有名なこの3つを知らない方はほとんどいないと思いますが、映画ドラえもんを見る上で知っておいて欲しい知識をご紹介。

どこでもドアは認知している場所や人の元へいける、逆に言えば知らない場所には行きたくてもいけないアイテムです。また、地球から10光年以上離れた場所へも行くことはできません。

タイムマシンは指定した時間と場所へ行くことができる道具(?)。時に音声機能が付いたりデザインが安定していなかったりしますが、基本的には座敷タイプです。ドラえもんの妹ドラミちゃんはチューリップ型だったりキャラクターごとに異なるタイムマシンが存在しています。留意点としては、タイムマシンのタイムホールは降りた場所に留まるため、そこに戻らなければ元の時間に戻ることはできません。

タケコプターは頭上に乗せることで空を飛ぶことができるひみつ道具。基本的な移動手段として用いられる道具ですが、長距離移動が多い映画では度々バッテリー切れやオーバーヒートを起こします。

 

スモールライト/ビッグライト

名前の通り、小さくなったり大きくなったりすることができるひみつ道具。これらは効果時間が設定されており、またそれぞれのライトには解除機能があるため小さくなった時にはビッグライトが無くともスモールライトがあれば元に戻ることができます。

 

着せかえカメラ

挿入した写真やイラスト通りに衣服を変化させるひみつ道具。基本的にはお着替えアイテムですが、何も入れないと裸になってしまうので要注意。

 

グルメテーブルかけ

テーブルに敷き、料理をリクエストするとその料理が出現するひみつ道具。勝手にアレンジした料理や動物用の餌も出すことできるというチート級に便利なひみつ道具ですが、ドラえもん的には旅の雰囲気にはそぐわないと考えているのかこれより手順が面倒な「植物改造エキス」や「畑のレストラン」を使うこともたまにあったりします。

 

通りぬけフープ

壁に貼り付けることでその壁を通り抜けることができるひみつ道具。脱出や潜入する際によく使われますが、迷路などの地形では役にたたないことから「ぬけあなフープ」という道具も登場します(映画版では通り抜けフープに集約)。ちなみに22世紀に存在しない物質は通り抜けることができません。

 

ほんやくコンニャク

食べることで自分が話す言葉は相手の使う言語に翻訳され、相手の話す言葉は自分が理解できる言語に自動翻訳されるひみつ道具。地球上の言語はもちろん、宇宙の言語にも対応しているため様々な作品で登場し、異なる場所にするキャラクターとの対話を手助けしています。その能力は凄まじく、人間以外にも動物やロボットにも対応していますが、歴史的に隠された言語には対応していないことが多いです。色んな味があります。

 

空気砲/ショックガン/ひらりマント(名刀電光丸/瞬間接着銃)

戦闘の多い映画ドラえもんに度々登場する戦闘系ひみつ道具たち。

空気砲は腕に装着し「ドカン!」と言うと空気の衝撃波を放つことができるひみつ道具。空気のない宇宙では使用できない他、水中では水圧砲になります。

ショックガンは電気ショックで相手を気絶させることができるひみつ道具。度々登場しますが、他の道具より影は薄め。

ひらりマントは物理的、非物理的関係なく闘牛士が牛を躱すが如く攻撃を跳ね返すことができる防御の要となるひみつ道具。空気砲同様、使用時には「ひらりマント!」と叫ぶがその必要があるのかどうかは不明です。また、対象が多すぎると跳ね返しきれない描写があったりします。

名刀電光丸は目を閉じた状態でも搭載されたレーダーが相手の攻撃や動作を認識し無意識的に使用者の体を動かして相手に勝つことができるひみつ道具。最強の攻撃力を誇る反面、バッテリー切れが早く短期決戦の最終奥義として使われます。

瞬間接着銃はゲル状の接着剤を発射するひみつ道具です。ショックガンより影が薄いですが、かなり威力高めで相手の動きを完全に防いでしまいます。名前すら登場する機会は少ないですがいつのまにか手に持っている道具です。

 

たずね人ステッキ

ステッキを地面に垂直に突き立て手を離すと、探したい人の方向へステッキが倒れることで人を探すことができるひみつ道具。探索で度々使われ、たまに「探しものステッキ」と呼称されることもあります。的中率は70%なので過信は禁物です。

 

テキオー灯

浴びると24時間、宇宙でも深海でもどんな環境でも生きることができるひみつ道具。24時間経つと効果が切れ、途端に死んでしまうんですがドラえもんはこのことを結構忘れがち。

 

スペアポケット

ドラえもんの四次元ポケットと同型のポケット。普段はドラえもんの押入れの枕の下に隠されているこのポケットとドラえもんのポケットは繋がっているため、道具を共有しているし、一方のポケットの中に入ればもう一方のポケットから出る事が出来る。映画では脱出や援軍登場等キーアイテムとして使われますが、基本的にドラえもんはスペアの存在を忘れています。

 

石頭

ドラえもん最後のひみつ道具。本当に硬い。

 

 

 

 

 

 

映画ドラえもん作品のススメ

 

映画ドラえもんは2021年1月現在で、40作品も公開されております。どれも1話完結なのでどれから観ても問題はありませんが、ここまで作品数が多いとどれから観ていいのかわからない人も多いはず。

ここからは、ドラえもん映画を観た事ない方、あまり馴染みのない方にどの作品がピッタリなのかを上げていこうかと思います。ここで登場する映画は映画ドラえもんの中でも評価が高い作品ばかりなので、是非気になる作品から観てみてくださいね。

 

 

 

元祖ドラえもん映画

原点から見たいという方にはのび太の恐竜(1980)」「のび太の恐竜2006(2006)」がオススメ。

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あらすじ

スネ夫に恐竜の化石を自慢されたのび太は、裏山で偶然にも恐竜の卵の化石を発見すた。タイムふろしきで時を戻すと、フタバスズキリュウのピー助が誕生する。次第に大きくなるピー助を、遂に白亜紀へと帰してあげる決心をしたのび太たちだったが…。

読んでおきたいエピソード:「のび太の恐竜(てんとう虫コミックス10巻)」

 

この作品は原点であり基本となる映画作品なので、ドラえもん映画の特徴である物語の壮大なスケール、SF的世界観、ゲストキャラの登場、5人の旅路、そしてダイナミックな戦闘シーン等の要素がしっかり散りばめられており見やすい1作になっています。スピルバーグの「E.T.」にも影響を与えたと言われる本作は、子供時代の相棒として登場するピー助をのび太が育て、共に過ごした後に待つ本作のラストは大人になったからこそ落涙必至。

声優陣の一新後、2006年にリメイク作が公開されていますが、1980年版も2006年版もどちらでも楽しめる作品になっていると思いますので、是非お好みで選んで鑑賞して見てください。

 

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それぞれのキャラクターを知るならこれ!

のび太、しずか、ジャイアンスネ夫それぞれのキャラクターの特徴や特技を知りたいならのび太の銀河超特急(エクスプレス)(1996)」がオススメ。

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あらすじ

3日ぶりに野比家に帰宅したドラえもん。心配していたのび太が何をしていたか尋ねると、銀河センター駅発のミステリー列車ツアーのチケットを買うために並んでいたという。早速チケットを使い未来の不思議なツアーに参加した一行だったが、その列車は宇宙海賊団に襲われてしまう…。

 

この作品は西部劇、恐竜、SF、ちょっとホラーな展開とF先生の好きなものがこれでもかと詰め込まれていて、劇中ではのび太の射撃スキルやしずかちゃんの機転が利く行動、ジャイアンの漢らしい見せ場やスネ夫らしい展開とドラえもん」の定番的な演出が盛りだくさん。まずは各人のキャラクター性を知りたい方というは、ぜひこの作品から見て欲しいと思える作品になっています。ワクワクが詰まった娯楽作であることに加えて、ドラえもんシリーズではあまり描かれて来なかった、便利な未来と同じように古い文化が大切なんだということが描かれる作品でもあります。後述しますが、この作品はF先生が最後まで描くことが出来た最後の長編作品でもあり、それを意識して見ると自分の好きなものを詰め込むF先生のストーリー作りに感動間違いなし。

 

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ドラえもん」作品を好きになるにはこれ! 

ドラえもん」というコンテンツ自体を好きになるならのび太のねじ巻き都市(シティー)冒険記(1997)」がオススメ。

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あらすじ

未来の商店街の景品だった小惑星に感激したのび太は、そこに人形に生命を宿らせることができる”生命のねじ”を使って人形たちの町”ねじ巻きシティ”を作り出した。建設から繁栄とどんどん大きくなるねじ巻きシティは一同の夢が詰まった最高の町へと開拓されていくが、そこに前科百犯の脱獄囚 熊虎鬼五郎が迷い込んできて…。

読んでおきたいエピソード :

大長編ドラえもんドラえもん のび太の銀河超特急」

・「ドラえもん物語~藤子F不二雄先生の背中~」むぎわらしんたろう著              

 

ドラえもんといえば藤子F不二雄大先生。そんなF先生が作り出したドラえもんという作品、そしてそれが現在にも続いている制作側の努力が垣間見えるのも映画ドラえもんシリーズの魅力なんです。本作の大長編連載第3回目の執筆中に藤子F不二雄先生は亡くなりました。そこから先の話は藤子プロのスタッフが引き継ぎ、遂に完成したのが18作目(大長編ドラえもん17作目)にあたる「ねじ巻き都市冒険記」なんです。この経緯については藤子プロのチーフアシスタントを務めたむぎわらしんたろう氏の自伝ドラえもん物語~藤子F不二雄先生の背中~」にて描かれているので、是非本作を見る前にこのコミックスを読破しておくことをオススメします。

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個人的No.1ドラえもん作品

私が1番好きな作品でオススメしたいのがのび太と雲の王国(1992)」

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あらすじ

雲の上には天国があると信じるのび太は、ドラえもんの力を借りて自分たちで天国を作ることに。夢いっぱいの天国を開発し思い思いに遊ぶ一同だったが、ある日偶然にも本物の雲の王国を発見する。そこは天上人が管理する、絶滅したはずの動物が数多く生息する世界だった。

 

先に言っちゃいますと、この映画はドラえもんをこれから見ようと思っているような方が最初に観る映画作品としては不向きです。というのもこの映画は、映画ドラえもんでは珍しく原作エピソードがガッツリ関わってくるお話なのです。なので正直この記事の目的からは外れた映画なのかもしれませんが、それでもオススメしたくなるほど完成度の高い作品なのがこの「雲の王国」。ファンの間でも1、2を争うほど好きな人が多い本作が扱うのは環境破壊。メッセージ性の強いこのテーマを、ドラえもん映画のお約束である”何かを作り出すワクワク”を上手く逆手に取った終盤はまさにお見事。シリーズでもピカイチのピンチを迎える一同と、ボロボロになっても立ち向かうドラえもんの姿に涙し、その後のある展開には環境破壊という正直、人間が繁栄するためにはどうしようもないとも思えてしまう問題に対して”ドラえもんとしての”唯一無二の解答を示すというとんでもない作品なんです。ドラえもんにハマってきた方にこそ見て欲しい、マストな1作です。

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完成度ピカイチ!大人も楽しめる作品

ドラえもん映画は大人も楽しめる作品ばかりですが、その中でもとっつきやすく楽しめるのはのび太の月面探査記(2019)」。

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あらすじ

ルカという男の子がのび太のクラスに転校してきた。クラスは、月に動く影を撮影したというニュースで持ちきりだったがのび太は月のウサギが見つかったんだと驚く。案の定クラスメイトにはバカにされたが、そこでドラえもんは付けた人には異説が本当になる「異説クラブメンバーズバッジ」で”月のウラには空気があって、生き物が住める”という異説を唱える。一同は早速どこでもドアで月の裏側に行きウサギ王国を作り始めるが、転校生のルカにはある秘密があって…。

読んでおきたいエピソード:「異説クラブメンバーズバッジ(てんとう虫コミックス23巻)」

 

本作は直木賞作家で辻村深月が脚本を担当しました。辻村氏は「『藤子F不二雄先生ならどうするか』をいくら考えてもわからないが、『藤子F不二雄先生だったらこれはやらない』は絶対にやらないよう心がけました。」と仰っており、本作を見れば誰しもがこれが功を制していることは明白だと思います。F先生が絶対にやらないことを意識することで限りなくF先生らしい、ドラえもん映画らしい脚本に近づき、そしてさらに”想像力”を肯定するテーマ性や小説らしい無理のない丁寧な伏線が効いた脚本へと肉付けがされ、バッジを付けているいないで見え方が変わることや宇宙の壮大な描写、ラストの展開に到るまで八鍬新之介監督の映画的な演出が脚本と見事にマッチし、ドラえもん映画の中でも完成度が最も高い作品になっています。風呂敷を広げすぎてラストに収拾がつかなくなってしまっているという近年のドラえもん映画に顕著な問題点も、しっかりとお話のスケールに抑制を効かせることで防いでおり、大人が見ても見応えがあること間違いなし。

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アニメ「ドラえもん」が好きならこれ!

アニメシリーズや原作コミックスのようなテンポ感が好きならのび太のひみつ道具博物館(ミュージアム)(2013)」がオススメ。

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あらすじ

ある日、ドラえもんの鈴が盗まれた。焦るドラえもんは"シャーロックホームズセット”を使い推理を始めると、鈴は未来の世界の”ひみつ道具博物館”にあることがわかる。早速ひみつ道具博物館へ向かうが、そこに怪盗DXと名乗る者からひみつ道具を盗む予告状が届く…。

 

この映画はいつものドラえもん映画とは大きく異なり、強大な敵キャラも大冒険が待ち受けているわけでもないのが特徴なんです。「ザ・ドラえもんズ」やテレビスペシャルのようなドタバタ劇が主な軸となっている本作は、映画ドラえもんシリーズでも異質な作品になっていますが、そこが本作にしかない魅力になっている。アニメシリーズのような軽いテンポ感でサクサク見られる脚本、最多のひみつ道具が登場するワクワク展開、子供にわかりやすいオーバーなコメディ演出等、より低年層のドラえもんが好きな子供達にも入りやすい映画になっている一方で、いつもより可愛さ5割り増しのドラえもんと活躍多めののび太の絆というこれまでにないほどわかりやすい本作は清々しくド直球な感動が味わえるので、ドラえもんは好きだけど映画ドラえもんはちょっと怖いという子供達から、普段のドラえもんが好きな大人まで万人が楽しめる作品になっています。

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魅力的なゲストキャラといえば

映画に登場する数多くのゲストキャラの中でも最も魅力的なキャラクターが登場するのがのび太と鉄人兵団(1986)」

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あらすじ

のび太は北極で巨大ロボの足を拾った。その日以来、野比家には巨大ロボのパーツが次々とワープで送り込まれてくる。流石に部屋には置けないと、ドラえもんは”逆世界入りこみオイル”で鏡面世界でロボットを組み立てることに。鏡面世界で完成したロボットを操縦するのび太達だったが、このロボットにはある秘密が隠されていた…。

 

ドラえもん映画といえばゲストキャラなんですが、その中でも度々話題に上がるのがのび太の鉄人兵団」に登場したリルル。基本的に味方側として登場するゲストキャラの立ち位置を逆手に取り謎の少女として登場するリルルに涙すること間違いなし。ファンの間でも最も人気の高い作品になっています。

”文明の発展”と”奴隷”というテーマを扱う本作は、シリーズの中でもかなり絶望的な展開を迎えます。絶対に勝てない戦争に挑まなければならなくなった一同の勇姿、そしてある人物の友情が同時に進行するラストは何度観ても嗚咽するほど泣いてしまいます。リメイク作「新・のび太と鉄人兵団 〜はばたけ 天使たち〜」も映像的なクオリティアップ、演出面の細かいチューニングがなされて観やすい作品にはなっていますが、終盤のある展開を改変してしまったのが個人的には残念な部分ではあるので、「のび太と鉄人兵団」を観てから「新・のび太と鉄人兵団 〜はばたけ 天使たち〜」を見るとより楽しめるかと思います。

ドラえもんに”お前もロボットやん!”ってツッコミは無しです!

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リメイクが成功した作品

2006年以降作られているリメイク作品の中でも最もオススメしたいのが 新・のび太の日本誕生(2016)」

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あらすじ

家出を決意したのび太だったが、近所はどこもかしこも私有地でのび太が住める場所なんて存在しなかった。そんな現代に嫌気がさしたのび太は、まだ誰も土地を所有していない7万年前の日本へ向かうことに。理想の家出生活を満喫する一同だったが、時空の歪みにより7万年前から現代に飛ばされてしまったククルと出会う…。

読んでおきたいエピソード:

大長編ドラえもんドラえもん のび太の日本誕生

・(後日談)「いつでもどこでもスケッチセット(てんとう虫コミックス41巻)」

 

ドラえもん映画は声優が一新された2006年以降、旧ドラえもんのリメイク作品とオリジナル作品を使い分けて制作されています。2021年公開の「のび太の宇宙小戦争2021」を含めるとリメイク作は7作品も作られていますが、それぞれの評価にはバラつきがあるのも事実。リメイクで良くなった部分、悪くなった部分はそれぞれの作品にあれど、本作に関してはオリジナル版の気になる点を解消し作品としてのクオリティが格段にアップしており、ファンの間では理想のリメイクだとも言われています。そもそもオリジナルの「のび太の日本誕生」は、ドラえもん映画10作目ということもありかなり気合の入った作画になっていて今見ても難なく見やすい作品なんです。逆にいえばリメイクする意義を見出すのが難しい作品だとも言えるんですが、本作のすごい部分はそこ。”家出”と”日本的文明の誕生”というテーマをはっきりさせ、ペガ・グリ・ドラコそしてククルとの友情をより細かく描写し、原作では駆け足になってしまったラストにエモーショナルさを追加することで映画作品としてのレベルアップが目に見えてわかるんです。ネタバレしないよう経緯は省きますが、私の好きなセリフでコミックス版にはあったけどオリジナル版ではカットされてしまった「残念、1世紀負けたか!」というセリフが復活しているのにもニヤリとしてしまいました。オリジナル版とリメイク版で見比べると楽しめる骨太作品になっているので是非。

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2021年新作のために。

2021年公開の新作を観るならのび太の宇宙小戦争(リトルスターウォーズ)(1985)」がオススメ。

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あらすじ

スネ夫が自分のラジコンを使った特撮映画を作っていることが飛び火し、のび太は裏山でぬいぐるみを使った特撮を撮ることに。そこでのび太は小さな宇宙船を見つけるが、そこには小さな宇宙人パピが乗っていた。一同がスモールライトを使ってパピと遊んでいると、そこにPCIAと名乗る者達にしずかちゃんが拐われてしまう…。

読んでおきたいエピソード:「天井裏の宇宙戦争(てんとう虫コミックス19巻)」

 

2021年3月5日公開予定の新作「のび太宇宙戦争2021」のオリジナル版となるのがこの作品。この映画は「ガリヴァー旅行記」や「スターウォーズ」をモチーフにしており、そこでニヤリとしてしまう作品です。そしてこの映画で最もクローズアップするべき点はやはり武田鉄矢が歌う主題歌「少年期」です。映画ドラえもんは毎回主題歌が用意されていますが、その中でも最も人気なのが本作の「少年期」という曲なんです。本作は特撮やラジコンとスネ夫に焦点を当てた作品になっており、弱虫なスネ夫の心境に載せて歌われるこの主題歌が、しみじみと大人になった私たちの心に響きます。リメイク版でこの歌が使われるかはわかりませんが、そこを楽しみにするという意味でも新作の前に見ておいて欲しいスネ夫作品です。

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2021年公開「映画ドラえもん のび太宇宙大戦争 2021」

予告→

www.youtube.com

 

 

 

 

最後に

いかがだったでしょうか。映画ドラえもんというのは、その時代や社会問題、流行を取り入れ多種多様に進化してきた大人も子供も楽しめる娯楽シリーズです。今回は9作品に絞りましたが、現在観ることができる40作品どれから見てもきっと楽しめるはずです。

この記事をみて、映画ドラえもんという日本を代表する娯楽シリーズを好きになってくれる方が1人でも出来れば、私にとってそれ以上の幸せはありません。長文にお付き合い頂き、ありがとうございました。

「Swallow/スワロウ」感想 ”飲み込んじゃいけない。”が、彼女を狂わす。

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

今年こそ、頑張って更新するぞー!!!

 

 

 

「Swallow/スワロウ」

映画『Swallow/スワロウ』公式サイト|2021年1月1日公開

 

 

ビー玉を飲み込んでみたい。そんな小さな欲望から始まる衝撃の異物作。

 

 

 

あらすじ

顔もよく仕事も順調な夫と裕福な暮らしをおくる妻、ハンター。子供も授かり毎日が完璧な幸せに満ちた彼女は、ある日小さな欲に駆られる。

ビー玉を呑んでみたい。

どんどん大きくなるその欲望に負け、彼女は遂にビー玉を口に含む。その時彼女に押し寄せる罪悪感と快感は、幸せな毎日を壊していくことに……。

 

予告

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本ブログはネタバレを含みます!

 

 

 

 

 

 

ビー玉

この映画の予告を観た方ならわかるはず。ビー玉って、食べちゃいけないってわかっちゃいるけどこんなにも口に入れたくなるのかって気持ちが。口に入れちゃいけないものを口に含む罪悪感、そしてそこから生まれる快感。この、理屈では言い表せないどうしようもない人間の性のような感情を突いてくるのが本作。

健康に悪い、損をする、中には犯罪であっても、”やっちゃいけないとわかっていること”をやりたくなる、いややってしまいたくなる衝動こそ、この映画が持つ儚くも美しい美学のようなテーマ。

 

 

 

 

羽ばたきたい

そんな異食症である主人公ハンターは、妊娠中にも関わらずビー玉や画鋲、時には電池まで呑んでしまう。しかもこの映画はそれまでの幸せな夫婦生活を灰色がかったどんよりした雰囲気で描くのに対して異食するシーンになるとまるでサクセスストーリー蚊のようにテンポ良く、官能的に、そして明るくなる。幸せな結婚生活というレールの上から外れたその瞬間こそ、ハンターの人生は明るくなることを表しており、この映画は異食症の女性の奇想天外ストーリーではなくハンターの人生にスポットを当てたヒューマンドラマになっていく。

 

 

 

Anthem

異食症から夫やその家族、そして実家にさえ居場所を無くしてしまったハンターは、自分の実の父親に会いにいく。過去に女性をモノとして扱った男である父は、今ではしっかりと家庭を持っているんですよね。そんな父親の姿を見てハンターは動転する。異物を飲み込むという”やってはいけないこと”をやってきた自分と父親をどこか重ねていた彼女は、無理矢理父親に”自分とは違う”と言わせてなんとか納得しようとする。恥ずべきことをしたこんな男と一緒なんかじゃない、と。夫婦生活は破綻し実家にもいけない彼女にとって、父親とは違うというのが唯一”自分は常識というレールに乗っている”ことを実感できること。異食症を言いふらされた時も、施設に入れられそうになった時も、彼女は常識というレールから外れることがイヤでイヤで堪らなく、逃げ出してきた。

そんな彼女が、トイレで最後にある決断をする。それは常識というレールからは完全に外れる行為なのかもしれない。もう夫のところどころか実家にさえ行けなくなるかもしれない。それでも彼女は生きていく。今でも女性は結婚、男性は出世が社会的幸福とされている。世の人々は、そのレールを外れまいと必死に自分を押し殺して生きている。そんな私達にそっとレールから外れる勇気をくれるんです。レールから外れたって、自分らしく生きれば良いじゃないか。そう高らかに宣言するようなエンドロールはまさに”賛美歌”なんです。

 

 

 

 

最後に

設定でグイグイ押すタイプの映画かと思いきや、人生の賛美歌のような勇気をもらえる作品だとは思いませんでした。監督のカーロ・ミラベラ・ディビスはなんとこの映画が長編初監督作。とんでもない設定からは想像もできない見やすい作りと、そこから生まれるメッセージ性の高さ含め、デヴィッドフィンチャーゴーン・ガール」を思わせる傑作でした。今後注目しなくてはいけない監督の1人に必ずなる人物だと思います。是非映画館で、この異物作を鑑賞ください。

長文失礼いたしました。読んでいただき、ありがとうございます!

 

以上。

ファルケンなうの2020年映画ベスト56  今年は”好き”が溢れる年間ベスト!

明けましておめでとうございます。

本年も当ブログ並びにファルケンなうをよろしくお願い致します。 

 

さて、年末年始といえば映画ベスト記事ですよ。毎度のごとく、このブログでは劇場鑑賞作品は全てランキング化しております。”この人の好みはそうなんだ。”ぐらいの軽い気持ちで読んでいただけると幸いです。

2020年はコロナウイルスの影響により映画館が閉まったり、作品自体の公開が延期になったりと映画業界全体が大きく振り回された1年でした。そんな中で私の今年の鑑賞本数は56作品。去年より20作ほど下回る結果となってしまいました。また、ブログ自体もなかなか上げられず、2021年からはそこの改善も考えていきたいと思っております。

 

ではランキングに参りましょう!

 

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40位以下

 

56位

「UFO真相検証ファイル Part1/戦慄!宇宙人拉致事件の真実」

 

 

…映画じゃない。

 

 

55位

「キャッツ」

 2019年から悍ましいビジュアルが話題となっていた本作。正直言うとネタとして観に行った部分もあったんです。しかし、冒頭の街の全景から猫の世界へシームレスに移ろっていくカメラワークにワクワクすらしました。字幕版での鑑賞でしたが、劇中のミュージカル場面の歌も良く、要素としてはしっかり楽しめる水準を誇っていると思います。公開前から話題となっていたビジュアルも正直慣れてくる。

 では何が本作をダメにしているのか。それは原作や舞台版の知名度甘えて、「キャッツ」を映画に落とし込めていないところなんです。映画として、映像作品として観る上で考えなければならない部分を放棄して、手放しに喜んでもらおうとしている。本作の世間的評価はその積み重ねの結果なんだと思うんです。

 

 

54位

「浅田家!」

 実在の写真家浅田政志さんを原案とした映画。本作はきっと、ノレる人にとっては心底泣ける作品なんだと思うんです。家族愛を中心に、病気や震災等の要素まで含んで物語が進行していき、その1つ1つにしっかりと泣ける要素がある。なのに私がこの映画にノレなかったのは、まず感動要素が多すぎるように感じてしまったところ。前半、かなりたっぷりめに浅田家の話や写真家として成功する話を盛り込んだせいで、3.11を題材とした後半のシークエンスのテンポが早すぎるんですよね。しかも主人公は関東東北間を行ったり来たりするので大忙し。もっと要素を少なくしてくれた方が、個人的にはノレたのかなぁ、と。でも田舎娘な黒木華ちゃんは可愛い!

 

 

53位

「STAND BY ME ドラえもん2」

”ドラ泣き”というパワーワードから色んな意味で世間を沸かせた前作から6年。本作は名作「おばあちゃんの思い出」から着想を得たオリジナルストーリーを骨組みとした作品に。正直この映画、減点方式で見るととんでもない数値を叩き出すと思うんです。大人のび太の行動や台詞回しの下手さ、そしてご都合主義な展開とかとかとか…。驚くほどダメな点が多い本作ですが、のび太の自己肯定というテーマを描いた点だけは唯一良かったところなんじゃないでしょうか。無理矢理にでも幼稚園の時、大人になった時、さらに誕生の瞬間までを小学5年生ののび太に見せることで自分を肯定することを学んでいく。この骨組みだけは、この映画の加点ポイントだと思います。

もっといえばこのポイントを盛り上げるにはおばあちゃんは要らなかったりするんです。最後の結婚式はおばあちゃんではなくドラえもんにフォーカスを当てないと。ドラえもんが、のび太くんの成長を見て涙する演出でもあれば、こっちも泣いてましたよ。ドラとのび太の出会いと別れをなぁなぁにしてしまう毎度お馴染みな作りは、どうにかならないんでしょうかね…。そここそが映画に再構成するメリットだと思うんですが。

 

 

52位

ストックホルム・ケース」

人質が強盗に恋をしちゃったという嘘のような恋の病、ストックホルム症候群の元となった事件の映画化。まずイーサン・ホーク演じる強盗が呑気な雰囲気を漂わせながら強盗を始める冒頭のコメディ感にワクワクしてしまう。しかしこの映画はデフォルメしたお気楽コメディではなく、中盤からは強盗と人質を飛び越えて人情や友情、そして恋心に訴えてくる人間ドラマへと展開していく。この過程が見事で、鑑賞前には疑ってかかっていたこの症候群すらも説得力を帯びて鑑賞してしまうこと間違いなしの作品でした。

危険で非現実的な恋を欲してしまう恋心と、私達が非現実的な体験を求めて映画館へ足を運ぶのは実は同義なのかもしれない…。

 

 

51位

「ディック・ロングはなぜ死んだのか?」

「スイスアーミーマン」の監督とA24が再び手を組んだ奇作。中盤まではディックの死因が観客にも伏せられており、「ハングオーバー!」のようなアホコメディとして楽しめる本作。

しかしこの映画の本質は、死因が明らかになってからの中盤以降。まさに失笑してしまうこと間違いなしのアホな理由を隠し通すために主人公は右往左往するが、行動がアホすぎて二進も三進もいかずにどんどん自体が悪化していく。この光景があまりに滑稽で、しかし一方でいつの間にかとんでもなく人間味を帯びてくるんです。最後までアホが痛い目にあう本作は、同じくアホな全ての人に対する処方箋のような作品となること間違いなし。アホに見て欲しい作品でした(褒めてます)。

 

 

50位

「リチャード・ジュエル」

 警備員のリチャード・ジュエルが爆弾を発見し、非難を促した英雄的活躍とその真偽を問われた実話の映画。私たち観客は、冒頭で彼が英雄的行為をしているのを見ているんです。しかし世間ではそれが嘘なんじゃないかと疑われ、同時に観客もFBIに協力するリチャードの行動から彼へ偏見を持ち始めてしまう。本作は、観客が無意識的に持ち始めていた偏見が、当時彼に向けられていた偏見と同じであると言うことを気づかされるんです。差別、偏見を見直そうとする現代にこそ、偏見の出来る過程とその後を描いた見事な作品でした。

 

 

49位

「ミッドウェイ」

ローランドエメリッヒ、久しぶりの新作。WWⅡモノといえばどちらかのお国に左右されがちな作品が多い中、本作の推しポイントは日米両方の豪華キャストでどちらの国の視点からも語るというもの。私はそんな器用なことをエメリッヒには求めていないので初めからそこに期待はしていませんでしたが、この映画の日米の描き方はかなり米寄りです。当然ですけどね。

ストーリーがダメならアクションはどうなんだと言われると、かなりCGが際立ったアクションが多いのも事実。しかし今時、ゴリゴリのCGアクションが見れる作品がどれくらいあるでしょうか。リアル志向が行きすぎて、一昔前のあのゴテゴテ感を今尚作り続けるエメリッヒは賞賛されるべきだと思うのです。そしてそんなゴリゴリアクションシーンの中でも最も魅力的なのが、高高度からの急降下爆撃シーン。まるで雨のように降り注ぐ(?)、いや撃ち上げられる対空砲火を掻き分けて敵戦艦を狙い撃つこのシーンは、絶対に映画館で観るべき最高のシーン。そしてそれはきっとエメリッヒもわかっていて、なんとお代わりまで用意されてるサービス精神の高さには、感謝しかありません。

 

 

48位

「ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ」

 「ムーンライト」のプランBとA24が製作した新作。「ムーンライト」が自分に合わなかったのと同様に、本作の詩的なセンスに訴えかけてくる話運びは苦手でしたが、それでもサンフランシスコという街を優雅に映し出す印象的な冒頭から、主人公ジミーがこの街に生きて思うこと、感じることに共感しながら進む展開は見事。特に終盤の、差別に対する激白は目を見張るものがあり、それだけでも劇場での鑑賞をイチオシしたいほど。もう少し短かったらベスト10入りしていたかもな作品でした。

 

 

47位

ワンダーウーマン1984

みんな大好きワンダーウーマン2作目。女性ヒーローというジャンルをまさに先導する「ワンダーウーマン」シリーズでも前作以上に”女性らしさ”を強調した作りになっていた本作。それも旧時代的なセクシー路線もなく、少し前の女性の幸せ=恋愛ではなく仕事 という考え方でもなく、恋愛も仕事も両立する彼女の姿はより現代にアップデートされた女性像でありヒーロー像になっていると思いました。正直、2時間半という尺が長過ぎて間延びしている部分は気になりましたが、今、ヒーロー映画を作ることの意義を感じる作品でした。

でもテーマ曲はアレンジして欲しくなかった!

 

 

46位

「mid90s」

ジョナヒルがメガホンを取った初監督作。まずは90年代を象徴した音楽、カルチャー、そして画面作りのセンスが半端じゃないんです。ザラついた映像は風景を時に美しく、時に醜く映し出す。それは少年時代の不安定な世界の見え方を象徴しているような画面構成でもあって、加えて本作は少年時代のザラついた思い出を蘇らせてくれます。親に反抗して、友達が絶対で、世界が狭かったあの頃。思い返せば否定的に思えてくるあの頃の思い出を、本作は優しく肯定してくれる。彼らを悪友だと決めつけて関わらないように抑圧していた母親のある”気づき”が、世界の見え方を変えていく。過去を否定するのではなく慈しむことこそ大切なんだよ、と優しく教えてくれる作品でした。

 

 

45位

「9人の翻訳家 囚われたベストセラー」

実話から着想を得て作られたミステリー作品。これが物凄く骨太なミステリー作品で、オチが超有名な「オリエント急行殺人事件」のその先を描きつつ、作家や翻訳家の拘りと出版社の隔たりをテーマにしたメッセージ性まで備えた優秀な映画なんです。タイトルから小難しい感じがしますが、前半の密室サスペンス・ミステリーも、後半の怒涛の展開も楽しい娯楽作でした。

 

 

44位

ソニック・ザ・ムービー」

大人気ゲーム実写化作品。原作よりも幼く設定されたソニックが好奇心旺盛に縦横無尽に暴れまわるのがとにかく可愛く楽しい。「X-MEN」よろしく速さを利用したアクションやメタ的(?)なギャグセンスなど、現行のハリウッド娯楽作の良いところを取り揃えた本作は、誰でも楽しめる作品になっていると思う。特にジムキャリーソニック以上にキャラが立っていて(それで良いのか?w)最高。

ここまでは「名探偵ピカチュウ」と同じような評価だけど、実は本作はピカチュウと違って一見さんには取っ付きにくい部分もあるのかもしれない。ソニックってアメリカ人にとってはピカチュウと同格もしくはそれ以上に認知度があって、彼ら向けに本作は随所に原作ゲームネタが散りばめられており、それがどうしてもソニックにあまり馴染みのない日本人には難しいのかもしれないんですよね。見せ場やラストまでゲームを知っていないとピンとこないことになっているので、少しゲームを触れてみるとより楽しめるのかもしれません。

 

 

43位

ドラえもん のび太の新恐竜」

ドラえもん50周年の2020年の新作映画。本作のタイトルを観たとき、誰しもが「ドラえもん のび太の恐竜」を想起するはず。ドラえもん最初の長編作品にして、今でも語り継がれる名エピソードな「のび太の恐竜」を現代にリブートすることこそが本作の目的なんです。F先生らしいお話作りを意識して、爬虫類ではなく鳥類が恐竜の祖先だという学術的新説を盛り込んで現代で「のび太の恐竜」をやってみせる。それ自体は大きく成功だし、さらに今までのドラえもん映画では余り見られなかった過去エピソードの回収やタイムパラドックス的展開さえも付け加えてリブートするだけでなく新しいことにも挑戦している意欲作なのは間違いないんです。

しかし本作は、それこそ「のび太の恐竜」の面白さの骨組みでもあった部分を欠いている。それはドラえもんに縛りを与えていないこと。旧作ではタケコプターの燃料問題やどこでもドアによる冒険等が展開の骨組みになっていた一方で、本作ではドラえもんは基本的になんでも使えるし故障もしない。だから正直、どんなピンチでも”道具あるやん”と思ってしまう。これがかなり冒険的面白さを失わさせているのは残念でした。次回作は「宇宙小戦争」ということなので頑張ってもらいたいです!

 

 

 

42位

「わたしは金正男を殺してない」

2017年、マレーシアのクアラルンプール国際空港で起きた金正男暗殺事件。その実行犯として逮捕された2人の少女のドキュメンタリー映画作品。実際の映像や取材映像を使い事件を追いかけるドキュメンタリーと聞くと苦手意識を感じる人もいるかもしれませんが、本作は事件発生前に彼女たちが関わることになった経緯、事件発生時の状況、そして事件後の周囲の動きを丁寧に順序立てて構成されているのでかなり見やすくなっています。

さらに本作はただ事件を描くだけではなく、2020年の今、北朝鮮金正恩を世界がどう捉えているのか、そして何を忘れてはならないのかを、事件により世界のあらゆる存在がら利用され尽くした2人の少女の心境の変化と共に伝えてくれる。世界は油断してはいけない。グローバルな世界は華やかで美しいと思っていても、自分が足を踏み入れたことのない世界は、実は想像よりもずっと暗く不安定な場所なのかもしれないという問題提起は、今の世の中にこそ相応しく感じました。

 

 

41位

「悪人伝」

ヤクザと刑事が手を組んで連続殺人犯を追いかける衝撃の実話作品。本作を語る上で外せないのがマ・ドンソクの存在感。「新感染」「犯罪都市」に代表される彼の魅力的な部分を踏まえた本作は、暴力的だけど愛らしいという濃度の濃いマ・ドンソクが楽しめる作品になっております。

序盤、マ・ドンソク演じるヤクザ側のエピソードは「アウトレイジ」のようなテンポの良い暴力や裏切りを楽しめて、キム・ムヨル演じる刑事側のエピソードは許可を出さない上司とぶつかりながら真犯人を追いかけるサスペンスとしてまず楽しめ、さらに観客はこの2人がタッグを組むことに対するワクワク感を限界まで高められるわけです。そこの臨界点を突破した中盤から両者の物語がガッツリ絡み合うわけですが、本作では敵対していた両者はベタベタと単純な仲良しにはならないんですよね。真犯人を殺したいヤクザと逮捕したい刑事が時には協力し、時には裏切る。この攻防の末に行き着く、全員が満足するラストはまさに絶頂。どうしても暗いイメージのあるヤクザ映画、犯罪映画をここまで娯楽作として昇華させた本作は、今後の韓国映画を変えてしまうのではないかとさえ思える作品でした。

 

40~31位 

 

 40位

「劇場」

 

山崎賢人主演、ヒロイン松岡茉優で描かれる恋愛映画。劇作家を目指す永田が出会ったのは、田舎から上京してきた専門学生の沙希ちゃん。話が合ったわけでも、共通点が合ったわけでもない2人があれよあれよと言う間に付き合うことになる。しかし永田を待ち受けるのは、才能を認められない鬱屈とした毎日だった。そして、この鬱屈した生活を沙希ちゃんにぶつけてしまう。相手にどう思われているんだろう、と考え出すと自分が嫌で嫌で仕方なくなるような、そんな気分を作品にしたような映画でした。

特に本作の松岡茉優の演技力は、彼女の様々な作品の中でも群を抜いている。クズ寸前の永田を迎い入れる笑顔が、時に優しく、時に切なく、そして時にはこちらに後悔を思わせるように見えてしまう。常に笑顔でいる彼女から様々な感情が溢れ出ており、その全てが松岡茉優の高い演技力ゆえの感動を生んでいるんです。正直、永田の感情の変化等をナレーションで済ましてしまう構成のせいで、永田は主人公なのに観客は感情を理解しようと前のめりになれない(オチからすれば納得の演出ではありますが)と言う問題点は感じましたが、相乗的に観客が沙希ちゃんの感情の変化を注目できるようになっているのも確かな、まさに松岡茉優の映画でした。

 

 

39位

「囚われた国家」

 異星人による侵略で敗戦国となったアメリカ。そこから9年後の世界が舞台の本作。まず本作の魅力は、荒廃するわけでも戦闘状態になっているわけでもなく、当たり前のような普段の生活に散りばめられた”違和感”が楽しいんです。朝起きて、出勤して、家に帰るその上空には小型ドローンが飛び交い、監視ゲートを潜り、海上には意図不明なロボットが並んでいたり…。少しの違和感が異常に気持ちが悪く楽しい。

そしてもう1つの魅力が、敗戦国アメリカという世界観。自由の国、世界のリーダーとして君臨してきたアメリカは、敗戦国となっても尊厳を失わないように踠いている。その有様が滑稽にさえ見えてくる。特に皮肉たっぷりに描かれる”リパブリック讃歌”のシーンは最高に面白い。ラストはまさかの方向に突き進む展開も楽しめる、硬派な娯楽SF作品でした。

 

 

38位

「劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン

アニメシリーズが話題となったヴァイオレットエヴァーガーデンの映画化作品。本作はアニメシリーズで成長しきったヴァイオレットちゃんのその後を描くため、アニメシリーズの視聴は必須。

まずこのシリーズの魅力は、何と言っても絵の綺麗さ。アニメには詳しくない私でもわかるほど細部まで作り込まれた描写の数々のおかげで、まるで実写作品のようにヴァイオレットちゃんの気持ちに共感することができるようになっていると思うんです。そしてその感情が遂に最高潮にまで高まるラストシークエンスは、正に落涙必至。閾値に達した感情が溢れ出して、止め処ない感動を生んでいました。

しかし本作は、感情を汲み取ることができるようになったヴァイオレットちゃんのエピローグ的お話なので、正直アニメシリーズの終盤のような”シリーズ全体を占める”ための物語になっているのは好みが分かれる点だったと思います。私は「ヴァイオレットエヴァーガーデン -外伝-」の方が長編作品としては好みではありましたが、ヴァイオレットエヴァーガーデンという大きなシリーズの集大成として、最後にはファンが見たかった部分を徹底的に詰め込んでいるのでシリーズファンは必見の作品でした。

 

 

37位

「ジョン・デロリアン

BTTFで有名なデロリアンがどのように誕生し、どのように話題になり、そして散っていったのかを描く作品。主人公はFBIの情報提供者として雇われることとなったジム。そんな彼と友人となるのが、ジョン・デロリアン。大金持ちで気が強く、周囲の目を気にするジョンと、人生崖っぷちのジムは騙し騙されの攻防を続けながらも友情を深めていく。本作の魅力は、この敵対するような者同士が大人の友情を持った関係性になっていくところ。大人らしくかっこいい両者が最後にどう考え、そして辿り着くラストは両名はもちろん、デロリアンという車にさえ敬意を払う最高の名シーンでした。

 

 

36位

「薬の神じゃない!」

中国で興行収入500億円を記録したメガヒット作品。金が欲しいだけの男が、インドから薬を密売して大儲けする前半部分。ここまでは「ウルフオブウォール・ストリート」のような成金ものなのかなと思いつつ見ていると、中盤からお話は別ジャンルに突き進み始める。薬を売買することで本当に苦しんでいる人々を目の当たりにしていく。その過程で、主人公は金儲けではなく”やらなければならないこと”に目覚めていくんです。このお話の展開がアツ過ぎるのに加えて、本作に登場するキャラクターはどれも個性抜群。ドラマ化さえいけるのではないかと思えるぐらいにキャラクター同士が会話するシーンが楽しく、娯楽作としても満点クオリティとなっています。

そしてこの映画の重要なところは、この話が実話であること。中国政府の眼を掻い潜り、薬を密売して中国の製薬事情を変えさせた。そんな”時には国や政府に争ってでも、正義を全うしなければならない”というメッセージを中国の映画で作り上げられた奇跡。本作はギリギリまで公開出来るか否かを争っていたそうで、この映画を通して中国で映画を作る映画人たちの熱意が感じられる作品でもありました。

 

 

35位

「タイトル、拒絶」

「全裸監督」の脚本も勤めた山田佳奈監督作品。デリヘル嬢を取り巻く環境がメインのお話なんですけど、これって誰しもが当てはまる感覚だと思うんです。デリヘルじゃなくても、サラリーマンでも専業主婦でも、大人って皆どこかに闇を抱えていて、それを見せないように必死にシラフを装って生きてる。自分を肯定していないと溢れ出してしまう負の連鎖を食い止めようと必死に、自分をすり減らして自らを肯定していると思うんです。そんな言葉にすらするのが難しい苦い内心をこれでもかと描き、最後にはまさに”爆発”させる力作でした。

 

 

34位

「狂武蔵」

400vs1という決闘を描く坂口拓主演の時代劇アクション映画。制作期間9年、77分ワンカット、実際には588人切り、指の骨や肋骨の骨折……。この”とんでもない逸話”を実際に見せられることこそが本作の魅力であり、坂口拓という1人の漢のアクションへの拘りをある意味ドキュメンタリーのように描き出す作品なんです。子供の頃に窓を見て「今テロリストが入ってきたらこうやって…。」と妄想していたあの頃の自分の夢が叶ったような至高の77分を浴びるように楽しめる。

本作は77分ワンカットを撮影後に一度、坂口拓は引退してしまっているんです。本編の最初と最後にくっ付いてる映像は撮影から9年後の今、再撮影したものなんですが、ここのアクションシーンの見せ方と77分ワンカットアクションの見せ方がとてつもなく対照的で、これこそが坂口拓という人間の生き様を表すようなアクションになっているんです。”坂口拓”という漢のドキュメンタリーを是非見てみてください。 

 

 

33位

「異端の鳥」

発禁の書となった原作が半世紀の時を経て映画化された作品。時代、言語、舞台さえあやふやにしてまで描かれるのは、人間の持つ醜悪な部分。少年は”異端”であるものを排除しようとする動物的本能むき出しの、虐待、信仰、嫉妬、性欲、暴力、復讐と様々な地獄を体験していく。そしてそんな体験をした少年の目には、もはや当初の希望すら映らなくなるという悲劇。

上映時間169分という長い長い地獄巡りを映画館で体感することで、周囲の観客との謎の一体感すら生まれる作品でした。絶対に映画館で観なければならない、最悪の地獄巡りは私たち観客に痛烈なメッセージを突きつけてきます。

 

 

32位

「テルアビブ・オン・ファイア」

「テルアビブオンファイア」というメロドラマの制作現場で働くパレスチナ人青年を描くコメディ作品。構造としては脚本を巡るドタバタコメディなんですが、そこに今のパレスチナイスラエルの問題を当てはめるという、本作のウィットに富んだ物語の運びがまず面白いんです。民族や宗教観、そして食べ物にもその対立が広まっていることを逆手に取り、笑いに昇華して皮肉る巧みさが本作には溢れている。社会情勢など今でも難しい問題が山積みな両国のことを、鑑賞中はそこまで考えずに笑って楽しむことが出来て、そして鑑賞後には良い方向に両国が進むにはどうしたらいいのかをつい考えてしまえる作品になっている。まさに苦肉の策としか言えないラスト、そしてそこからのエンドロールまで大爆笑必至な作品ですので、是非難しそうという印象を持たずに多くの人に見て欲しい映画でした。

 

 

31位

「フェアウェル」

 中国とアメリカの文化を描くA24の新作。主人公である中国系アメリカ人の女の子は、中国に住むお婆ちゃんの余命がわずかということを知り会いに行くところから始まる本作ですが、この映画の特筆すべき点は中国とアメリカの文化、価値観の違いなんです。余命僅かのお婆ちゃんに余命宣告をするべきと考える主人公のアメリカ的価値観と余命宣告をすべきではないと考える親戚一同の中国的価値観のギャップから生まれる葛藤。死に対する考え方の違いで苦悩する主人公は親戚やお婆ちゃんとの交流を通して、彼らも同じように家族を慈しむ気持ちがあってこその発想なんだと気づいていく。そんな彼女が、最後に起こす行動はまさしく”郷に入っては郷に従え”。自分の価値観を押し付けるんではなくて、お婆ちゃんを構成する価値観を尊重することこそ、自分が出来るお婆ちゃんへの恩返しなんだと感じられる良いラストでした。

本作では中国とアメリカの価値観の違いを描いていますが、そこに日本という要素が組み込まれているんですよね。日本人にとってこの映画は、中国の家族的価値観に共感しつつアメリカ的な個人主義の考え方にも共感できると思うんです。この日本という要素があることで、本作はただの文化のギャップを描く作品ではなく文化のギャップを肯定する作品になっているんだと感じました。

 

 

 

 

30~21位

 

30位

「フォード vs フェラーリ

1966年のル・マン24時間レースを描く実話作品。レース優勝常連のフェラーリ社から王座をもぎ取るフォード社の話でもあり、フォード幹部陣vsマイルズ&シェルビーの話でもある本作。絶対に勝てない勝負に勝つため、マイルズとシェルビーが実力で相手に認めされていく展開が最高に胸熱なんですよね。病気で第一線から退いた者と芽が出ずもがく者、負け組の2人が”見栄を張る”ために努力・友情・勝利を重ね成り上がっていく。負け犬として抑圧され続けた中訪れる中盤、メインテーマにのせてまさにフルスロットルでボルテージが上がっていく展開は、立ち上がってガッツポーズをしたくなるほど見事でした。

上映時間2時間33分と少し長いのは気になりましたが、特にIMAXの大音響で見るべき作品でした。

 

 

29位

「パラサイト 半地下の家族」

カンヌ国際映画祭パルムドールアカデミー賞で作品賞等を受賞するという偉業だらけの傑作韓国映画。圧倒的なクオリティで社会の貧困を皮肉る大傑作なのは言うまでもありません。貧乏家族が少しずつ成り上がっていく前半部分がまず楽しく、そして中盤のあるポイントから”臭い”という新たな視点での貧乏を描写していく。本作は貧乏が持つ根本的な、もはや変えようのない原因をこれでもかと描き続けているんです。どれだけ言葉遣いを徹底しても、綺麗な服装を着ても根源的な貧乏は透けて見えてしまう。誰もが人生で何度も経験してきたであろう、貧乏と金持ちの”差”を痛感させられる。

ラストの、仕方がないの一言で片付けるしかないような、無計画な集大成のような展開は貧乏にしかわからないエモーショナル。これを肯定的に見てしまうか否定的に見るかで世の中の線引きが如実に現れるに違いありません。クオリティ面において今年イチの大傑作でした。

 

 

28位

「はちどり」

1994年の韓国に住む14歳の少女の物語。14歳という不安定な年齢の彼女に家族、友人、恋人、先生がどう映っているのかが描かれる作品であり、そこに1994年の韓国が抱える家父長制の社会情勢が重なり合わあれる作品でもある本作。この映画の最も特徴的な部分は、余白の使い方。例えばある事故を知った家族の中で、兄だけが突如泣き出すシーン。兄は兄妹思いとは相反するような性格として描かれていたにも関わらず、家族のピンチに1番に涙するんです。しかしそこから、兄や父といった男性陣を悪役として描くのではなく、彼らもこの時代を必死に生きようと踠いているんだと思考を巡らせてしまう。この映画は、そんな余白を巧みに使った、観客を信じている作品なんです。

そんな思考促される本作でメンターとして登場するのが、塾の先生。彼女のひとつひとつの発言が思考を促し、僕ら観客の人生をふと振り返り考えさせてくれる。彼女の放つ言葉は、押し付けがましくなく人生を豊かにしてくれる。そんな本作を見た後、世界がどこか少し優しく見えるような作品でした。

  

  

27位

「超擬態人間」

「狂視」で話題になった藤井秀剛監督最新作。ホラー苦手な自分からすればかなりキツイレベルのグロさとホラー演出が楽しめる作品であり、きっとホラー好きな人からするとあるあるネタのように散りばめられた演出にニヤリとするんじゃないかと思えるほど、近年では珍しくしっかりとホラーをやっている作品でした。冒頭から描写されるサイケデリックな演出の数々に最初は拒絶反応すら覚えましたが、次第にその演出の虜になり最後にはおかわりが欲しくなるほど楽しめてしまう、藤井監督独特の演出がキマリまくりなのもかなり良かったです。

さらに「狂視」同様、表層的なホラーというジャンルに擬態した本当のテーマが浮き彫りになっていく中盤以降からは、怖いけどこの演出、描写を目に焼き付けたいという不思議な感覚にすらなってしまいました。ホラー苦手な僕でも楽しめた本作は、是非色んな方々の目に届いて欲しいなと思える作品でした。

 

 

26位

「シカゴ7裁判」

1968年のシカゴが舞台のNetflixがおくる裁判映画。裁判モノというと難しそうなイメージだったりで嫌厭する方もいるかもしれませんが、本作はそこまで難解な作品ではなくエンタメとして面白いのがかなり特徴的だと思います。もちろん用語や当時の社会情勢についてのセリフが横行するんですが、セリフの意味を深く理解せずともキャラクターたちの立場や考えがちゃんと伝わってくる作りになっており、さらに本質的にはバラバラな考え方だった7人が同じ目標のために団結して圧制だった裁判を逆転していく、という単純明快な骨組みがしっかりあるため軽い気持ちで見られる映画でした。特にラストでは、裁判の構造や法廷のルールを理解していなくても本編を見てきた誰もが納得せざるおえない解決が待っているので、気持ちの良い爽快感を感じられること間違いなし。

 

 

25位

ランボー ラストブラッド」

シルベスタースタローンの代表作「ランボー」シリーズ最新作。同じく代表作である「ロッキー」同様に本シリーズも、力を持つ者と持たざる者についての物語であるが、ランボーシリーズは力、暴力の持つ負の側面を描く。戦場という暴力で傷ついたランボーが、自らの抑えきれない怒りをブチまけ、そしてまた自分に絶望する。この負の連鎖こそランボーシリーズ。

そしてそんな負の連鎖が頂点にまで達したのが前作「ランボー 最後の戦場」だと思うんです。暴力の非情さをこれでもかと描いた前作から10年以上。本作が描くのは、ランボーにとっての幸せと復讐。戦場と切っても切り離せない関係になっていたランボーが実家に帰り、束の間の幸せを掴み取ろうとしている。なんとか他人と交流し、家族同然の関係を大切にし、怒りを地中へ埋めてきたランボー。そこまでして手に入れた幸せが、一瞬で弾けてしまう。彼は生き続ける限り、この連鎖から逃れられないのかもしれないとさえ思える絶望と、それをやはり怒りとしてぶつけてしまうラストバトルはまさにシリーズの白眉。

 

 

24位

「TENET テネット」

映画業界でも今、第一線を走る大人気監督クリストファーノーラン監督最新作。私にとってノーラン作品って二通りの印象があるんですよね。「インターステラー」や「インセプション」のようなトンデモSF作品と、「メメント」「ダンケルク」のような映画の時間を操る一発屋的作品の印象があって、私は特に後者の映画群がノーラン作品の中でも好きなんです。そして本作はノーランがついに、これまで相見えることのなかったこの二つの要素を組み合わせた”絶妙”なバランスの作品だったと思います。

上映後には様々な媒体で難しい考察や科学的考証が溢れかえった本作ですが、”何かわかりそうでわからない”ラインを崩すことなく鑑賞するのがベストなんじゃないかとすら思えるほど、ノーランがやりたいことをやれている作品でかなり好印象でした。

 

 

23位

「ストーリー・オブ・マイライフ 私の若草物語

大ベストセラー、若草物語のリメイク作品。本作で特筆すべきはやっぱりその構成。1949年版は前半が子供期、後半が大人期になっていたのに比べて、本作は子供期の思い出と大人期の出来事が対になって交互に描かれていきます。この構成によって、大人期に起こっている出来事と子供期の憧れの剥離を如実に表せていると思うんです。誰しもがなりたい大人像があって、でもそれとの剥離に悩む。そんな”過程”と”結果”を交互に見せることで本作は4姉妹それぞれの生き方を肯定していくんです。”結果”がうまくいかないかもしれないけど、それでも姉妹で暮らしたあの頃、夢を追いかけたあの日々の”過程”はあんなにも素晴らしかったじゃないか!人生は結果よりも、その過程こそ大事なんですよ。ジョーが最後にどうなったのか、について本作では言及されません。されないからこそ、”結果”がないからこそ”過程”を重んじよう。そう思えるような作品でした。

 

 

 

22位

「1917 命をかけた伝令」

前編ワンカットで描かれる戦争映画。ワンカットといっても「ハードコア ヘンリー」のような臨場感ではないのが特徴だと思うんです。戦場をワンカットで描くことでシーンの繋がりが限りなく地続きとなった本作は、まるで1917年という時代を切り取った1枚の絵からストーリーを掻き立てる絵画のような作品にさえ見えてくるんですよね。あらゆる演出が緻密に縫い合わされ、完全に管理されることで生まれる人工物のようなこの世界観だからこそ生まれる、ラストのエモーショナルな疾走は言葉にするのも難しいほど圧倒的な”映画体験”でした。

絵画のようであり、それでもってそこから生まれる新しい映画体験はIMAXをはじめとする大スクリーンでしか体感できない貴重な体験で、人生で忘れがたい経験になったことは間違いありません。

 

 

21位

「スパイの妻 劇場版」

2020年にNHKで放映されたドラマシリーズを劇場用に再編成した映画作品。序盤はタイトルの”スパイ”の言葉に引きずられて夫が実はスパイなのか!?とスリラーとして鑑賞していると、中盤のあるポイントでグッと映画の方向が定まるんです。その瞬間、ドラマ的なシーンの羅列だったのが突如映画的な一本道になってしまう。ドラマシリーズが基だが、それを映画にする上で重要な点をしっかり見据えたこの構成力がまずお見事。

この映画はスリラーと思わせておいて実は純愛ものなんです。スパイと罵られることになろうとも正義を貫こうとする夫と、愛を貫くためにそれを支える妻のお話。そんな2人が近づいては遠くなり、また近づいては遠くなりを繰り返すのち、遂に開戦したことでお互いが究極に遠い存在になってしまう。日本全土が戦争と言う時代に絶望する中、蒼井優演じる妻だけは夫がなし得た事を実感していく。戦争が続くほどに、彼女は夫との愛を感じる。だからこそラスト、全ての夫との関わりが無くなってしまい涙するシーンは異常な求心力を持って描かれており、素晴らしい映画的な最後だったと感じました。

言葉で説明するのが難しい、映画の魅力がたっぷりと詰まった傑作邦画でした。

 

 

 

 

 

20~11位

 

20位

「生きちゃった」

映画の原点回帰をコンセプトとした「B2B A Love Supreme」の一環で作られた映画作品。文化的に感情を表に出さない現代の日本人が抱える鬱屈とした不安や悲哀を、夫婦生活の破綻という物語で描いていくんですが、本作はまさしく日本人のための映画なんです。劇中、主人公のアツヒサの身には本当に山あり谷あり様々なことが起こるんですが、彼はそれに声を上げられないんですよね。常に絶望を前提とした人生になってしまっていて、そこから抜け出そうという考えにすらたどり着けない。そんなアツヒサ、そして僕ら日本人が”本当の気持ちをぶつける大切さ”を学ぶ物語。わかりにくい部分や気になる部分も確かにあります。しかし、絶望というフラストレーションが溜まりに溜まった最後に描かれる、この映画が持つ原石のようなパワフルなメッセージはきっと、日本人を浄化してくれるんじゃないでしょうか。

 

 

 

 

19位

「アルプススタンドのはしの方」

兵庫県東播磨高校演劇部の演劇が原作の映画化作品。高校の青春といえば高校野球。暑い太陽の下でマウンドに立ち、お互いの青春をぶつけ合う。この映画は、そんなスタンドの端の方にいる生徒にスポットを当てた青春映画なんです。端っこの方で、野球のルールも知らない女子高生が野球を見ている。そんなワンシチュエーションで、彼女たちは高校野球を通して成長していくんです。最初は興味すらなかった野球が、次第に心境を変化させていき、最後には「がんばれー!」と叫んで応援する。「しょうがない」で済まそうとしていた彼女の青春が、息を吹き返して復活していく瞬間を目の当たりにするこのシーンは、思わず涙してしまいました。何かに挑戦する事をすっかりやめてしまった僕達が、スクリーンから応援されたような気持ちになれる最高に爽快な映画でした。

 

 

18位

「Mank/マンク」

デヴィッドフィンチャー6年ぶりの最新作。「市民ケーン」の脚本家ハーマン・J・マンキウィッツを描く本作は、もちろん「市民ケーン」の視聴は必須でした。”優雅に見えるが異常に規律の効いた”世界だったハリウッドと、そこからの脱却を目指したマンクの物語である本作を通して、愛への羨望を描いた「市民ケーン」は自由への渇望から生まれたと知ることになるんです。それは映画全体が完全に調和のとれた雰囲気を持つフィンチャー独特の作劇とも重なり、映画全体がハリウッドを体現しているような異様な完成度の作品になっていると思うんです。

今だからこそ、映画を作るということの意義を再定義する本作は、映画が好きなすべての人へ”映画の魔法”をかけてしまう不思議な作品でした。これがネトフリで配信されるというのも、また意味深いですね。

 

 

17位

「燃ゆる女の肖像」

カンヌ映画祭脚本&クィア・パルム賞を受賞し、大絶賛の嵐になっている作品。画家である主人公がある令嬢の肖像画を、素性を隠して描くことを依頼される。そこで画家は令嬢と生活を共にしながら密かに耳の形やうなじなど、絵を描くために必要な観察を行っていく。この行為こそが、人を愛する感情の発端なんですよね。顔が良いとか性格が良いとかそんな理屈的なものではなく、その人の一挙一動が気になり始める瞬間こそ、恋であり愛。2人の表情、仕草、言葉に隠れた感情が少しずつ同調していくまさに愛の過程を、2時間弱の作品でこれでもかというほどの感覚的映像体験で見せつけられてしまう。一瞬一瞬が惹き込まれるような、どう表現すれば良いのかわからない高クオリティである本作は、明らかにLGBTQや男女差別のような諸問題をも完全に飛び越えて究極の”愛”が描かれる大傑作でした。

 

 

16位

「カセットテープ・ダイアリーズ」

ブルーススプリングスティーンに影響された1人の若者の人生を描く作品。この映画はブルーススプリングスティーン本人の伝記映画ではなく、そして主人公の少年が音楽をやっているわけでもないんです。さらに1987年が舞台なので主人公はブルーススプリングスティーンど直球世代でもない。しかしこの映画がなぜそこまで評価されているのかのミソは、そこになるんです。ブルーススプリングスティーンとは遠いところにいた若者が主人公である本作は、音楽が持つ原始的な力、それこそ人の人生すら変えてしまう力を描いていているんです。音楽が好きとか、流行っているとか、そんなとっかかりすら無くても音楽は素直に人の心に響き、変える力を持っている。それは同じくブルーススプリングスティーンに馴染みのない現代の若者にも強く響く。

悲しい時に聴く曲、嬉しい時に聴く曲、勇気をもらいたい時に聴く曲。自分たちはこれまでもこれからも音楽に共感し、励まされ、感情を分かち合ってきたんだ、と気づくことが出来る最高の青春映画でした。

 

 

15位

「音楽」

 7年の歳月をかけて作られたアニメーション映画。まず本作の主要登場人物である3人の男子高校生が全員魅力的なんですよね。漢気と愛嬌があるのに体温の感じない話し方、垣間見える3人の友情等独特の魅力に溢れていて、この3人を見ているだけでまずは楽しくなっちゃいます。

この映画のポスターを見てもわかるように、本作は昨今のアニメ映画と比べてかなり絵がデフォルメされており、表情の変化で感情を読み取らせない作りになっているんです。しかしそんな余白のような隙間のあるからこそ本作は、誰もが内に秘めたる突飛な原動力、無限の想像力を掻き立てる映画なんです。音楽を始める高校生たちの突然の思いつきが少しずつ形となって、ひとつの完成を迎える。何かを作り出す快感の原点のようなパワフルな作品でした。

 

 

14位

「ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー」

口コミで話題になったアメリカ発の青春映画。冒頭、上手くもないロボットダンスから始まる最高のコメディ作品なんですが、本作の特徴は”個性”がテーマであり骨組みになっていること。LGBTQや男女の差別という問題が、まるでもう存在しない世界に迷い込んだかと思うほど当たり前のように主人公はレズビアンだし、それを当たり前のように親友は知っているし、トイレは男女共用だし…とあらゆる要素が”当たり前”のように存在しているんです。そんな本作で登場するキャラクターは誰もが個性抜群であり、そしてそんな個性豊かなキャラクターたちを一発屋のように登場させるのではなく、それぞれが血の通った人間として描かれることで、本作は全て”個性”の多様性を肯定する映画になっているんです。ダンスが下手でも好きなら踊れば良いし、自分の好きなファッションを楽しめば良いし、好きな人が男でも女でも構わない。そしてそんな世界で2人は自分の人生の送り方さえも好きにすれば良いじゃない!って事を学んでいく。

偏見や多様性がパッと消えたなら、とそんな世の中が楽しみになるような、現代に作られるべき青春娯楽作品でした。

 

 

13位

「'96」

2019年のインディアンムービーウィークで上映された作品。同窓会で再会した初恋の人が、既に結婚していたというところから始まる切なすぎるラブストーリー。主人公であるラーム、そしてヒロインであるジャーヌの視点から当時の思い出を振り返ることでなぜ両思いだった2人がすれ違い、結ばれなかったのかが描かれていくんですが、そこに本作では”もしあの時こうしていたら”という第3の視点が加わるんです。もう絶対に結ばれてはいけない男女が、妄想のような視点でのみ自分たちの夢を実現しようとする。そしてたった一夜、それも手を繋ぐことすら許されない2人がただ夜道を散歩をする後半では、口にも行動にも表していないお互いの”思い”が静かに儚くシンクロしていく最高の名場面。美しくも儚い、ビターなラブストーリーでした。

 

 

12位

「喜劇 愛妻物語」

水川あさみ濱田岳セックスレスの夫婦を演じた家族映画。この映画は何と言っても水川あさみのケツの映画です。濱田岳演じるダメ夫は奥さんのケツをいやらしく見つめる視点や、不恰好なデカパンでセクシーさのカケラもない描写など、とにかくケツでこの映画は夫婦を語ってしまう。女性のお尻をケツと思えるようになることが、夫婦になることなのかもしれない。

そんな一風変わった本作のラストは、言葉にするのも難しいほど強烈に”夫婦”を描くんです。泣きながら笑い、笑いながら泣く。もう感情もグチャグチャなんだけどどこかど直球な、これぞ”夫婦”だ!としか言えないパワフルなラストシーンは、今年ベスト級でした。

 

 

11位

「ナイブズ・アウト」

ダニエルクレイグ主演の探偵物。往年のミステリー映画を思わせる豪華絢爛なセットや俳優陣に加え、本作ではミステリー、サスペンス、スリラーとジャンルを次々と変化させていくことでそれぞれの映画的な弱点をカバーしあい、既視感はあるのに見たことがないような古くて新しい映画作品になっているんです。しかもそこにアメリカの移民問題を重ね合わせることで、現代に作る意義さえ感じられる大傑作にもなっており、見事としか言いようがありません。ダニエルクレイグ演じる探偵のキャラクター的面白さもきっちり描けていたので、次回作、いやシリーズ化が待ち遠しいです。

 

 

 

 

 

 

ベスト10

 

 

10位

「映像研には手を出すな!」

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話題となった原作を、主要キャストに乃木坂46を迎え英勉監督がメガホンを撮った作品。正直、乃木坂も原作もアニメさえ知らずにこの映画を見に行ったんです。今週見たい映画ないしこれで良いか、、ぐらいの気持ちで。しかし今では漫画にアニメ版、そして乃木坂にもどハマりしてしまう始末。確かに原作を読んでからだと本作は原作の魅力とは違う方向に進んでいる部分があるのも事実なんですが、何より本作の魅力は主要3人のキャラクター。原作よりも誇張されたキャラクター性は、アニメから飛び出してきたような”現実なのにアニメらしい”見事なバランス感覚になっているんですよね。だから3人が出ているシーンは無条件に魅力的に見えちゃうし、乃木坂46に興味すら湧いてしまうほど。

正直、浜辺美波の取ってつけた感は残念極まりなかったですが、それを差し引いても昨今の漫画実写化映画で素直に”楽しい”作品に出会えたことが嬉しくてなりません。

 

 

 

9位

「佐々木、イン、マイマイン」

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佐々木!佐々木!と連呼するだけの予告が特徴的な作品。青春映画が豊作だった今年の中でも、最も挑戦的だった作品かもしれません。佐々木コールで服を脱ぎだすようなひょうきん者だった佐々木と共に過ごした学生時代と、大人になってからの鬱屈とした暮らしがリンクする。佐々木との思い出を思い返すことで少しずつ鼓舞されていく主人公のお話と、それと並行して佐々木がどういう生き方をしてきたのかが描かれることで本作は、「桐島、部活やめるってよ。」の空虚な中心だった桐島ともまた違う、存在感のある中心である佐々木に励まされる作品になっているんです。他人を元気付けてきた陽気な佐々木が、実は自分を元気づけることが下手だったこと、そしてそこから少しずつ前へ進もうとしていた佐々木の生き様。そんな全ての”佐々木”を感じとったからこそ生まれる、最後の映画の奇跡としか言いようのない出来事。パワフルで原始的な映画体験ができる傑作でした。

 

 

 

8位

「お気楽探偵アトレヤ」

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IMW(インディアンムービーウィーク)で上映された作品。推理を映画で勉強し、着メロは007といういかにもダメダメな迷探偵アトレヤが助手と繰り出す前半のドタバタコメディが素直に楽しく笑いながら鑑賞していると、いつのまにかとんでもない事件に巻き込まれていたと気づく中盤のあるポイントから痛烈なインドの社会風刺へと繋がる終盤まで見事な映画でした。”お気楽”と銘打ってはいますが、推理ものとしてしっかり構成されているので常に脳みそフル回転で楽しめる骨太な構造も魅力で、その分終盤のインドの宗教犯罪を批判する内容が活きてくるんですよね。実際の事件を基にしてまで、宗教大国であるインドだからこそ宗教が良い面だけでなく悪い面を持ち合わせているんだと声高に言うことの重要さを痛感できる。楽しく、鑑賞後も余韻を残す素晴らしい傑作でした。

   

 

 

7位

「バクラウ 地図から消された村」

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オバマ前大統領が選ぶ映画ベストに選出されたブラジルの映画作品。村の長の死、UFOの襲来、村人の惨殺、謎の来訪者…。これだけ怪しい要素てんこ盛りで歪な前半部分と、それを一気に解放することで前半とぴったり合ってしまう後半の見事な伏線回収はお見事。文字にするとジャンルすら意味不明なあらすじですが、この映画はまさしく西部劇なんですよね。英雄が町に訪れない西部劇。では誰が英雄で、最後にどんな結末が待っているのかはぜひ本編を観て驚いて欲しい限りです。

爽快感のある物語であり、しかもそこに”白人の侵略性”という歴史の闇を痛烈に批判する見事な脚本は後世に残る異端の作品でした。

全裸中年男性に燃えること間違いなし!

 

 

 

6位

「行き止まりの世界に生まれて」

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「mid90s」と同時期に公開されたスケボーに乗る若者を描くドキュメンタリー。この映画は主要人物である3人の若者のうちの1人が監督、制作、撮影をした作品なんです。カメラを通すことで友人が親からの虐待について言及したり、また自らの不安定さを吐露したりする。そんな彼らの両親やガールフレンドから見た自分たちについての意見が加わる。そしてさらに友人がしてしまった”ある事”について、3人の人生をバックに彼がどれほどの事をしてしまったのかについて話し合う。時に厳しく、時に優しく人生を支えてきた友情が切り取ったような、まるで奇跡のような作られ方をしたドキュメンタリー作品でした。

 

 

 

5位

「恋するけだもの」

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 白石晃士監督最新作。宇野祥平演じる女装をした(?)怪力野郎が田中俊介演じる訳ありなひ弱男に恋するというとんでもない物語なんです。独特なキャラクター、ネオンっぽいライティング、トゲのあるセリフ、出てくるだけで映画全体を転がしてしまうアイテムの数々…。全てが僕ら”一部の観客”へ向けた好きが連続する最高の娯楽映画。押して欲しいツボをずっと押し続けられる1時間半はまさに至高の映画体験になること間違いなし。苦手な人は心底苦手だろうけど、僕は観た後笑顔で劇場を出てくる観客一人一人に握手をして回りたくなるほど大好きな映画でした。

 

 

 

4位

「羅小黒戦記 ぼくが選ぶ未来」

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中国が作ったアニメ作品。ジブリを彷彿とさせるキャラクターの小さな仕草にまで拘ったアニメーションに、ピクサーを思わせる”(広義な意味での)行って帰ってくる”ストーリー。世界的トップクラスのアニメ制作の実情をしっかり理解し、リスペクトした本作はどこまでも愛おしい作品になっているんです。「結界師」のような世界観にトンデモな設定や能力が多数登場するしそれの由来なんて説明しないけど、この作品上でのルール設定をしっかり観客の頭に叩き込んでいるので違和感なくスムーズに世界観を楽しむことが出来、驚くほど見やすいのもこの映画の大きな長所だと思います。

飛び上りたくなるほど爽快なラスト含め、是非多くの方々に観て欲しい大傑作でした。

 

 

 

3位

ジョジョ・ラビット」

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マイティ・ソー」3作目の監督として有名となったタイカ・ワイティティ監督最新作。ヒトラーがイマジナリーフレンドの少年が主人公というとんでもない設定の本作が描くのは、子供時代の成長と愛。自分の思うがまま、自分の好きな事を話してくれていつも共感してくれる存在であるイマジナリーフレンドを持つ子供の心の中には、独裁国家があると思うんです。自分のしたいことが最優先、他人の考え方を受け入れることができない。そんな天真爛漫な子供時代の心境が作り出す独裁国家の象徴こそがアドルフヒトラーであり、ナチスドイツなんです。そんな少年の独裁国家を木っ端微塵にぶっ壊すのが”愛”。他人を受け入れるという心の芽生え、”愛”は最強なんです。

そしてジョジョ君は自分が成長の為に、残酷なまでに最良の友であったイマジナリーフレンドを一方的に突き放す。これこそが、子供時代からの脱却なんです。誰もが経験した子供時代からの成長を、コメディあり涙ありで見せつける大傑作でした。 

 

 

 

2位

「私をくいとめて」

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原作綿矢りさ×大九明子監督、のん主演でおくる最新作。「勝手にふるえてろ」が大好きな私はこのコンビってだけで劇場に駆けつける案件でした。30になって彼氏を作るどころか”おひとりさま”で色んなことを楽しめる主人公は、脳内にAという相談役がいる。ひと昔前なら結婚や趣味に偏見がありましたが、次第にそれが取っ払われてきて自由に生きられるようになってきた現代だからこその主人公なんですよね。1人で生きるのが大変じゃないからこそ、誰かと関わる面倒さに負けて1人に依存しちゃう。この1人で映画館に来ているような私たち全員が共感してしまう設定から、この映画は時に優しく、時に厳しく”アンサー”をくれるんです。コミカルな演出が多用されているのにどこかクドくなく、それでもって急にハッとさせられるような展開があり、「勝手にふるえてろ」同様ずっと見れてしまう映画でした。特に大滝詠一の「恋は天然色」が流れる飛行機でのシーンは、”水に溺れるような感覚”とそこから”救い出される感覚”が観客にも共有され、それがラストにまで活きているという特大級の名シーンでした。

好きだけど付き合いたくない。一歩踏み出したくないと思っている草食系な全ての若者に寄り添う優しい映画でした。

 

 

 

1位

「初恋」

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邦画が目立った今年、最も自分の好みにフィットした大傑作。ヤクザ映画にタランティーノを混ぜ込んだようなテンポ感と俗悪な雰囲気はまさに至高。かなり登場人物は多いですが、1人も無駄なくキャラクターは立っているから気持ちいいほど見やすいんですよね。そんな大好きが連続する展開の中、ラストにはしっかりとタイトルを回収することでただのヤクザ映画ではない清涼感すら感じるんだから本当に凄い。ここまで”好き”が連続する作品は、近年でもなかなか出会えない最高の映画体験でした。三池崇史監督、ありがとうございました。また10年生きられます。

 

 

 

 

 

 

 

 

如何だったでしょうか。きっと”これがそんなに低いの!?”というような思いがあったとは思いますが、そこは好みの問題ですので悪しからず…。

2020年は鑑賞本数こそ少なかったんですが、去年と比較しても”好きな作品”が多くかなり接戦なランキングとなりました。正直、30位以降はずっとほぼ横並びでその日の気分で順位が変動するほどです。

2020年は配信という新たな映画上映方法が大きく普及した年となりました。それの是非はともかく、僕ら観客が映画を好きでいる気持ちを忘れないでいられるような上映方法が広まって欲しいと願うばかりです。2021年も、どうぞよろしくお願い致します。

長文失礼しました。

 

 

 

 

 

 

 

物語的映画レビュー 第1話「愛してる。」(劇場版ヴァイオレットエヴァーガーデン)

「劇場版 ヴァイオレットエヴァーガーデン

劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の公開延期が発表 新型コロナウイルス感染症の影響 – にじめん

今時珍しい、木造のスライド式の扉が勢いよく開いた。

「遂に劇場版だよ!」

頭頂部に明らかに大きな寝癖がある(これが所謂アホ毛なのか)女の子の大声が部室に響き渡る。またかよ、とうんざりしたような僕の眼差しに一切気づかず、彼女はいそいそと、ボロボロになった茶色のスクールバッグから便箋を取り出す。ジャラジャラとキーホルダーのうるさい筆箱からシャープペンシルを取り出し、便箋に手紙を描き始めた。

 

「何してんの?」

つい僕は問いただしてハッとした。しまった。こりゃ長くなるぞ。

 

ヴァイオレットエヴァーガーデンの劇場版見てきたの!そしたら手紙が描きたくなっちゃって。あ、ヴァイオレットエヴァーガーデンってのはね……。」

彼女は想像通り、目を輝かせて物凄い早口で話し始める。こっちに紹介しようとしているように見せかけて、彼女はいつも自分の知識を口に出したいだけなんだ。

ここは適当に聞き流そうと思った僕の耳が、ピンと立った。

 

「でね、ヴァイオレットちゃんは大切な人から受けた「愛してる。」の意味がわからないのよ!」

 

彼女の口から「愛してる。」なんて言葉が飛び出したことに、僕は異常にびっくりしてしまった。これまで彼女にボーイフレンドがいるなんて話も、それに関連する話も聞いたことなかったからだ。

ヴァイオレットエヴァーガーデンは人の名前なん?」

「そう言ってるじゃん。聞いてなかったの?ヴァイオレットちゃんはドールっていう、手紙を書く代行業みたいな仕事をしているんだけど、手紙を通して色んな気持ちを知っていくヴァイオレットちゃんに毎回泣いちゃうんだよ。」

彼女の拙い語彙力からも、なんだか興味を惹かれている気がしてくる。

 

彼女は手紙を書きながら、この魅力的なアニメについてずっと語っている。それはもう、そこはネタバレなんじゃない?と思うことも。チラッと彼女の手元を見ると、手紙を手で隠しながら書いている。じゃあなんでここで書くのだろうか、と気になって首を少し動かして見ると、僕の目にはある文字が飛び込んできた。

『愛してるよ!』

 

脳が混乱し、血がどよめく。これまで意識していなかった世界が広がり始めた気がしてくる。

「ち、ちょっと見てみようかな。」

「え!?ほんとに!?今、ネトフリに全話あるよ!ちゃんとこれ見てから映画館行ってね!外伝も面白いから絶対ね!!」

 

 

〜数日後〜

 

 

「見た!?見た!?」

木造の扉が開いた途端、彼女が部室の声がまた響き渡った。

「ちゃんとアニメシリーズも見てから映画見てきたよ。特に10話が面白かったし、外伝もそれを劇場用に再編集してて面白かったなぁ。正直、アニメシリーズは中盤の1話完結が面白かったからアニメ終盤と同じトーンの劇場版はちょっと反則な感じはしたけど、集大成としてヴァイオレットが『愛してる。』の意味にたどり着くのには泣いちゃった。」

 

「そう!やっぱり『愛してる。』をテーマにした劇場版は集大成なんだよね!私も気持ちを伝えたくなっちゃったもん!はい!」

そう言うと彼女は、可愛らしい手紙を僕に手渡し、両手を後ろに組んでこっちを見ている。

 

ああ、遂にこの瞬間だ。心臓が張り裂けそうになりながら、それでも彼女に悟られないように返事を試みる。

「おう…。」

 

自分のあまりに素っ頓狂な発言に悶々しつつも、手紙を開ける。

『君とは子供の頃からずっと一緒だけど、初めて手紙を書き出したら、実は君にはずっと言いたかったのかもしれないと思ってきちゃった!

君に伝えたいピッタリな言葉がヴァイオレットエヴァーガーデン出てきたから引用しちゃうね。子供の頃からずっと、愛してるよ!』

 

短い文章に、僕の青春がすべて詰まっていた。実は自分も、ずっとずっと彼女のことが好きで好きで、愛していたんだのだろうか。

 

と、続けざまに彼女は言う。

「ヴァイオレットちゃん、ちっちゃい頃から育ててくれた少佐から『愛してる。』って言ってもらえてほんとによかったよね。私も君だけじゃなくてお父さんにもお母さんにも言っちゃった!」

「ん?お父さんお母さんにも?」

 

 

僕は嫌な予感がした。

ああ、少佐の『愛してる。』も、そう言う意味だったのかな…。

 

僕は、我慢しようとも落胆した表情を浮かべてしまう。

 

「さて、帰りはコンビニでアイス食べよ!」

組んでいた両手を離して、彼女はスクールバックに持ち物を入れて帰る準備を始める。せわしなく動く彼女の手が、少しだけ赤くなっていた気がした。

 

9月鑑賞映画の感想!「mid90s」「行き止まりの世界に生まれて」「ドラえもん新恐竜」「ミッドウェイ」「喜劇 愛妻物語」「TENET テネット」「映像研には手を出すな!」

お久しぶりです。

今回より、本ブログの形式を少し変えたいと思います。1ヶ月に1つ記事をあげて、その月みた映画は随時その記事に追加していきます。

例えば今回の「9月に鑑賞した映画」なら、9月の最初から鑑賞した映画の感想を記事として投稿し、9月鑑賞2本目以降の作品の感想は、その記事に後から追加して行く、と言うことです。本記事の投稿が9月21日なので、22日から月末までに映画を見れば、その感想もこの記事に追加されます。未鑑賞の映画の感想は読みたくないと思いますので、この記事を読んでくださっている皆さまには、目次より読みたい映画をクリックして頂きたいと考えております。

追加するごとにTwitterで呟くので、それを見ていただけると幸いです。

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「mid90s ミッドナインティーズ」映画『mid90s ミッドナインティーズ』公式サイト

 ジョナヒルの初監督作ということで、コメディでもやるのかと思ったらまさかの痛烈青春映画で驚き、彼のセンス抜群な90年代オマージュ、カメラセンスに脱帽してしまいました。

 私はスケボーに乗っていたわけでも、ヤンキーの友達もいなかったんですよ。それでも私にとってこの映画は、忘れていたあの頃を蘇らせてくれる作品になっている。反抗期だったあの頃、親が鬱陶しくて、友達が絶対で、世界が狭く感じていたあの頃。世の中が下向きになっていた90年代が、誰もが経験した少年少女時代と重なり合う。

 そんな下向きな過去を描きながら、本作がやってのけたのは過去を慈しむことだと思うんです。悪友だと決めつけて抑圧してしまった母親の”気づき”が、自分たちが生きてきた少年時代を気づかせてくれる。その”気づき”は、抑圧ではなく慈しむことこそ少年に対して大切なんだと理解させてくれる。大人になってしまった私たちが、子供時代を愛することが出来るようになる作品でした。

 

 

 

 

「行き止まりの世界に生まれて」映画「行き止まりの世界に生まれて」オフィシャルサイト

 なんとまたもやスケボー映画。家庭環境が似てるけど異なる3人のスケボー仲間たちが、自分たちの生い立ちや思いを激白していくドキュメンタリー。監督、制作、撮影を担当したビン・リューはこの3人のうちの1人で、この映画は3人が父の日なのに父親のところではなく3人集まっていた時に、ふとそれぞれの父親の話になったところから着想を得た作品なんです。新しい父親を受け入れられない、受け入れてもらえない者、憎かった父親が亡くなってからその真意に気づいてしまった者、父親が母親を兼任したことで両親という存在を知らない者。各々に家族というものに問題を抱えているんです。

 そんな中3人のうち1人、ザックに子供が出来る。ついに父親になる。きっと3人は、”あんな父親になんてなるもんか”と思っていたに違いないんです。しかし現実は、カッとなって妻を殴ってしまったり、いつも口論になってしまう。ザックが父親になる過程に、キアーとビンが見てきた父親との思い出が重なっていく。

 友人同士で家庭のことを話すのって、結構勇気が必要だと思うんです。一歩間違えれば触れてはいけないところに触れてしまうかもしれないし、それこそ”踏み入った質問”になってしまうかもしれない。しかしこの映画は、そこにグイグイ突っ込んでいくんです。家庭内に家族を見出せなかった3人が、外に作った疑似家族に内の家族について激白していく。それはそれぞれにとって、劇薬にもなってしまうような棘を孕んだものなんですが、しかし内の家族をも愛おしくなるような特効薬にもなりうる。家族の温かさ、友人の心強さを感じられる大傑作でした。ドキュメンタリーですがとっても見やすい作品なので、ぜひ映画館で見ていただきたい作品です。

 

 

 

 

「映画ドラえもん のび太の新恐竜」映画ドラえもん のび太の新恐竜」公開記念 恐竜・知っトクSP – Discovery Channel Japan | ディスカバリーチャンネル

 私と同世代の人はどうしても「ドラえもん のび太の恐竜2006」を想起してしまう作品。本作の目的は、50周年となったドラえもんの原点である「ドラえもん のび太の恐竜(1980)」を現代にアップデートすることなんです。旧ドラえもん映画、特にF先生が関わっていた18作目までの作品は、博識でSF気質なF先生らしくその時の最先端の学術を物語に組み込み、そこから問題提起をする作品が多い。

 本作はまさしく、そのF先生らしさを組み合わせることで「のび太の恐竜」をアップデートしているんです。首長竜は胎生だと明らかになったことから主役となる恐竜を首長竜ではなく陸生の恐竜に変更したり、恐竜が鳥類へ進化したという新説から物語のラストが構成されていたりと、現代学術を組み合わせて子供達へ「のび太の恐竜」を見せることに成功している作品だと感じました。しかし一方で、タイムパトロール含め、時空を旅する作品としてとんでもない問題を残してしまったようにも感じるんですよね。そこに人間が関わっていたなら、僕らが生きてきた歴史はタイムパトロールのび太達に操作されたものなのでは?という疑問がどうしても沸き立ってしまう。ラスト以外でも、ドラえもんが基本的に自由に道具を使える(イナゴは……w)ことから物語としての面白さに欠いているんです。何かしらでドラえもんに縛りを与えないと、なんでもできちゃうひみつ道具をどうしても考えてしまうんです。オチから逆算して作ったのはわかるんですが、そこまでの過程ももっと練って欲しかったと感じてしまいました。

 

 

 

 

「ミッドウェイ」

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 なんと2016年の「インデペンデンスデイ リサージェンス」以来4年ぶりのローランドエメリッヒ最新作。太平洋戦争の命運を分けたとも言われる”ミッドウェイ海戦”を描く本作は、ハリウッド俳優はもちろん日本人俳優にもかなり力を入れていて、エメリッヒ曰く日米両方に敬意を捧げているとのこと。確かに日本人俳優は超豪華だし、予告ではかなり日米を中立に描いていそうな印象でした。しかしエメリッヒは、そんなに甘くなかったのです。

 まず日本側のドラマは圧倒的に描き不足なんですよね。山本、山口、南雲というミッドウェイの主要人物を揃えておきながら彼ら3人の関係性やその結果に至る経緯をすっ飛ばしているので、どうしても希薄に見えてしまう。一方でアメリカ側のドラマはかなりの尺をとって描かれるんですが、こっちも魅力的な登場人物が全然出てこないんですよね。いっぱい撃ち落とせる人、決死の覚悟で頑張れる人、裏方で支える人と職業でしか彼らを描かないので生きた人間のように見えてこないんです。やはりエメリッヒは、ドラマ部分が弱く感じてしまうんです。

 ただそんなことは、エメリッヒ映画というだけでみんなわかっていたことなんです。肝心の戦闘シーンは、今時珍しいぐらい全力でCGを使いまくり、コテコテに仕上がっています。好き嫌いは別れると思いますが私はこのこってり感はかなり好みで、特に高高度からの急降下爆撃のシーンは、まるで雨の日に上空を見上げた時の雨粒のように降り注ぐ(?)無数の対空砲火を主観ショットで描き上げており、このシーンだけで爆上がりでした。このシーンだけでも、ぜひ映画館で観るべきと言えるかもしれません。

 

 

 

 

「喜劇 愛妻物語」

水川あさみのはちきれそうな赤パンツ/喜劇 愛妻物語(日) - 映画この一本 - 芸能コラム : 日刊スポーツ

 妻とセックスすることしか考えていないダメ夫の話。話題と評価の高さで楽しみだった反面、まだ結婚していない身としては合わないかも…と不安だった本作ですが、結論から言うとドンピシャにハマった作品でした。ダメダメで生きてきた私は、どこか結婚に高いハードルを持っていたんですよね。それまで異なる生活をしてきた両者が、一つ屋根の下で共に暮らすことに不安を覚えていたと言うか。ですがこの映画は、そんな結婚へのざっくりした不安を乱暴に拭い去ってくれる。ダメ夫だって良いじゃない。恐妻だって良いじゃない。ずっとイライラして喧嘩ばかりでも、夫婦は夫婦。

 結婚って、相手と生活を共にすることだからどうしても相手の嫌な部分が強調されて見えてくると思うんです。本作では水川あさみのケツがその象徴的役割をしていて、奥さんの無防備なケツを眺めるいやらしい目線だったり、不恰好なデカパンだったり、さらにはおならだったり。ケツを眺める瞬間こそ、結婚の真理なのかもしれない。格好いいことじゃないけど、結婚ってこんなばかばかしいことを共有する関係なんだと思うんです。

 じゃあ本作は、ダメ夫と恐妻の家族関係がどのように変化していくのか。この映画、なーんにも解決しないんですよ。夫の仕事も増えてないし、奥さんが心変わりしたわけでもない。ラスト、恐妻が「このバカ、バカなんだもん」と大泣きして、そこに娘が加わって、ダメ夫が泣こうとすると「お前は泣くな!」と言われてどうしていいかわからず笑ってしまう。泣きながら笑い、笑いながら泣いてしまう。このシーンは理屈で説明しきれない、グチャグチャでど直球な感情をぶつけられる名シーンなんですよね。そもそもこの家族に問題なんてなかったし、解決なんていらないんです。笑って泣いて、ずっと感情をぶつけ合う2人の関係はまさに”夫婦”であり”家族”なんです。キャスト2人がまさにピッタリで、それだけでも見る価値のある映画でした。

 

 

 

 

「TENET テネット」

Why you should watch 'Tenet' in the cinema, even if it's not Christopher  Nolan's best film - NewsABC.net

 世界中が大注目していたクリストファーノーラン最新作。そして公開後は、この映画は難解だと話題になっております。 そもそもノーラン作品は、難解なんでしょうか。ノーラン映画は、難しい用語や伏線を欠いた展開によってあえて”少し足りない”映画になっていると思うんです。それがいき過ぎたのが「インターステラー」や「インセプション」。一方でノーランにはもう1つの作家性があって、それは「メメント」や「ダンケルク」で顕著なんですが、映画として新しい手法を編み出すアイデア一発の作品作りをするんです。前作にあたる「ダンケルク」は、異なる時間軸を同じ長さとして映画的に演出した作品でしたが、そのアイデア一発が先行して物語的なノーランらしさがほとんど無い作品になっており、賛否は別れました。私は「ダンケルク」はノーラン映画でもベスト級に好きな映画で、逆に「インターステラー」は苦手な部類なんです。

 それでは「TENET テネット」はどうだったのか。時間を逆行すると言う、とんでもないSF要素をもつ本作はもちろん「インセプション」のような理論に理論を重ねる理論武装的映画づくりをしている一方で、「ダンケルク」よりさらに斬新な”時間を異なる進み方をする両者を同一画面に収める”と言うアイデアを組み合わせている。本作は、ノーランの理論武装的な設定作りと斬新な映画的アイデアという二大巨頭だが交わることがなかった作家性が、遂に交わり合った作品なんです。

 本作の魅力は、何と言ってもアクション映画として面白い。順行と逆行が同時に存在することで特異的なアクションが誕生しているんですよね。そこが特に面白いのは、やはりラストの戦闘シーンですよ。順行組と逆行組にチームを分け、順行組はスタートからゴールへ、逆行組はゴールからスタートを目指すと言う一連のアクションは、素直に面白い。これこそノーランが作りたかったアイデアであり、それ以外の様々な要素はもはやそれを彩る要素でしか無いとすら言えると思います。物語やキャラクター性さえあっさりと終わらせ、ノーランお得意のSF超理論をも今回は”見せたいアイデア”を見せるためだけに作られているんです。エントロピー反粒子と言った難しい用語を使いまくったり、見たことない武器兵器を登場させまくったりするのは本作を難しくしたいのではなくて、はっきり言ってしまえば”見せたいアイデア”をリアルに見せるための裏付けとして使っている。

 なので個人的には、本作を”難解”と片付けてしまうのは勿体ないと思うんです。難解だ、と匙を投げられてしまうとノーランが”そこじゃないよ!こっち見てよ!”と叫んでいるのを見過ごしてしまうことになりかねない。もっと言えば時間系SFなんて粗を探せばモリモリ出てくる設定なので、ノーラン的にはあんまりいじって欲しくない部分をゴリゴリいじってしまっているんです。そうすると化けの皮が剥がれ始め、最後には「化学的にそんなことはありえない」と言う、そりゃそうだろうという答えにしか行き着かなくなってしまう。設定についての考察することも魅力の1つなのかもしれませんが、そこをほじくり出すと本作の魅力はどんどん薄れて言ってしまうのかな、と私は思います。

 

 

 

「映像研には手を出すな!」

ドラマイズム】映像研には手を出すな!-【MBS】毎日放送

 原作未読、アニメやドラマ版も未見、 さらには乃木坂にさえ詳しくないという無知にもほどがある状態で鑑賞しました。正直、原作ファン、乃木坂ファン向けな映画で私のような門外漢には大丈夫なんだろうかという不安いっぱいでした。

 いやしかし、この映画は予想通りなんですよ。アニメファン、原作ファン、そして何より乃木坂ファン向けに構築された映画であり、それ以上でもそれ以下でもない。…というと否定派なのかと言われると、そうではないんです。本作は、私のような門外漢な人も無理矢理にでも楽しませてしまうほどに主役3人が魅力的なんです。乃木坂の3人が演じる浅草、金森、水崎がそれぞれのキャラが立っており、特に浅草は吃ったり急に叫んだりともはや旧世代的とも言えるようなオタク感丸出し演技なのに、グリグリ表情が変化する彼女の表情を見ているだけで可愛く癒されてしまうし嫌味を感じない。特に上歯だけを見せる彼女の表情は小動物的な物凄い可愛さなんです。

 本作を鑑賞後に原作、アニメも見たんですが、原作は平面な漫画を立体的にするという革命的面白さに溢れており、アニメ版はそこから妄想パートをグリグリ動かすことで原作でわかりづらかった部分を補強し見やすくなり、そして実写劇場版である本作は実写とアニメーションを使い分けることが出来るので、この物語が持つポテンシャルを存分に発揮できているんです。どれも面白いし、どれも違う。これこそ理想の実写化だと思います。確かに無駄な部分がかなり多い作品だとは思いますが、それを差し引いても本作をアイドル実写映画と倦厭している人にこそ見て欲しいアイドル映画でした。

 

 

 

「劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン

~執筆中~

 

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1.喜劇 愛妻物語

2.TENET テネット

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5.ミッドウェイ

6.ドラえもん のび太の新恐竜